Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

イングリッシュガーデン

そこに計算やら合理性やらの物差しがあったのであれば、かくもいろいろと寄り道をすることはなかったように思います。一方で不器用な人間ですから、効率のよい生き方や選択など、分かっていてもできようもなく。

 


その時々の出逢い想いの中で選択し、積み上がった経験。偶然のなせるものも、感情的必然性もない交ぜとなった結果論。果たしてそれは、他の誰にもなぞることができないようなキャリアになったことは確か。線として、面としてつながると、スコープレンズからは見えないものが見えてくるようになりました。

 


求められる役割は、中長期的、俯瞰的な視座で画を描くこと。潜在課題を見つけ、そこに解決の道筋をつけること。

 


遠目で眼を凝らし、見えたことを画に落としていけば、それがビジョンになる。見えたビジョンは不思議と実現する。時が満ちたからと思うのですが、性格的には虫の眼よりも鳥の眼に得手もあり、アイデンティティを体現する仕事がようやくできるようになった。

 


人の成長のスピードは様々なわけですが、50歳でキャリアピークを迎え、55歳で山を下り、60代は余生を過ごす…というゲームに参加しなくてよかった。寄り道、スロウスターターな人間においては、間違いなく不利。天命を知ることもできない。

 


広野をほじくり返し種をまくも、一所にチューリップならチューリップ、芝なら芝と決めて栽培し続けた人にかなうはずもなく。いつまでも中途半端だった広野にようやく芽吹いてきた様々な植物たち。

 


イングリッシュガーデンであるなら、種を見つける旅も無駄ではなかったということ。今後も時間をかけて庭を育てていけばいい。庭には畑と違い、秋の収穫そして冬の休耕という終わりがないですから。