Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

憂鬱じゃなきゃ成長しない

憂鬱でなければ仕事じゃない

 


もっといえば、憂鬱になるくらい難しく、手探りの不安の中でもがくような仕事じゃないと成長なんてしませんよ…

 


基本的に楽観的ですし、好きで興味のあることだけを追いかけていきたい人間だったりするわけですが。成長したときは、不安で憂鬱で葛藤の日々を過ごした時だったように思います。

 

 

 

泥濘のトンネル抜けた後の景色は格別ですし、前とは違う自分がそこにはいるわけです。でも、求めていた光に満ちた世界はうちに退屈になり、また暗い谷に降りていってしまう…

 

 

 

何が物好きでそんなことをするんだろうね…

 

 

 

宮本輝さん『流転の海』の松坂熊吾の生き方を見ていると、なんか他人事には思えない。せめて糟糠の妻をなおざりにして家族に愛想を尽かされるということがないようにしたいものです。

エコなのにエコじゃない

ソーラーや振り子で充電される時計って、電池交換が不要ということを売り物にしているわけですけど。これって、結局便利そうで不便なのですよね。当たり前だけど、何度も充電と放電を繰り返していくと、バッテリーが消耗して駄目になる。


充電型腕時計のバッテリー寿命は約7,8年。しかも、こいつの交換にはえらい値段がかかるわけです。しかも交換を前提に作っていない。本体丸ごとお釈迦になるくらいなら、ボタン電池を3年ごとに取り替える方がよっぽどエコだと思うわけです。機械式時計と違って、ボタン式なら電池の液漏れや浸水がなければ、基本は何年も使い続けられますからね。


同じくスマートウォッチも全くエコじゃない。数日おきに充電が必要で、バッテリーの問題から恐らく5年も持ちやしない。(Garminのランニングウォッチ持っているけど)


同じ観点から電気自動車やハイブリッドも結局合理的でないと思うのです。一時、ガソリン代が安いと思っていても、10年もしたら高額なバッテリーの載せ替えが必要なんでしょう。電気自動車も耐用年数がかなり短そう・・


二酸化炭素の排出抑制は大賛成なのだけど、メンテ可能で長く使い続けられるモノを愛着をもって大事に使うことが一番エコなんじゃないかと思うわけです。

安物買いの銭失い

広いリビングに据え付けた18畳用のダイキンエアコンが壊れたと分かったのは6月の初旬。修理に来てもらったのだが、ガスが抜けており応急的にガスを入れてもすぐ抜けるので、きちんと直すと10万はかかるとのこと。要はもう駄目だと言うことだ。


応急的に入れたガスはものの三日で役に立たなくなり、新しいエアコンを買わざるを得なくなった。ダイキン、三菱、日立..大容量のエアコンはそれなりに高い。工事費も含むと20万近くかかる。色々探して、アイリスオーヤマの18畳エアコンを工事費込みで9万で購入。だが、設置工事は7月16日。一ヶ月も先になってしまう。。梅雨が明けなければ、ここはそれなりに涼しい。開けないことを祈りつつ・・


しかし、楽天で頼んだエアコン業者は安いのはいいのだが、設置日がいつだとか、リサイクルの日程の調整やらの手配がいちいちこちらから電話をかけないと後手後手で、実に頼りない。ここにして、大丈夫だか・・不安が募る。とはいえ、頼んでしまったものは今更取り消せない。そして、工事日の三日前に自宅に届いたアイリスオーヤマのエアコン。思わず目を疑った・・・で、でかい。信じがたいほど大きい室外機。


「何よ、この牛みたいに大きな室外機。こんな大きいの置けるわけないじゃないの!」


上さんから雨あられのクレームである。確かに信じがたいほど馬鹿でかい。常識を疑うような大きさなのだ。しかも返品不可である。安物買いの銭失いとは、まさにこのことか・・

工事日当時。工事業者も元に設置されたところには、とても置けそうにありませんねえ・・と無情の通告。詰みか・・と思いつつ。他の部屋に設置されている室外機の場所を入れ変えれば、なんとかなりそうで。胸をなで下ろし。その分、余計に工事費かかった・・やれやれ。とはいえ、トータルとしてはなんとか安くまとまったので、銭失いにはならなかった。皆さんも気をつけましょう。ちゃんとサイズを測って買わなきゃね。


で、牛のようにデカい室外機のアイリスオーヤマのエアコンは、性能は抜群です。もの凄くよく冷える。伊達にデカいだけじゃない。しかし、ちょうどの梅雨明け。エアコンがちゃんと設置されて良かった良かった・・

住み慣れた家をでる日

コロナに入る前から、都心ではなく郊外に・・という話をしていたわけです。例えば、鎌倉や逗子などに・・。


コロナになってリモートワークが多くなると、手狭な都心での生活ではなく郊外での生活を真剣に考えてみるか・・にしても、今の家がいくらで売却できるかそれ次第。まずは17年住んだ家の外壁を親切な業者に、リーズナブルかつ綺麗に塗り直してもらいました。

 

家は見違えるように綺麗になり、不動産業者さんに仲介をお願いしました。希望価格はかなり強気な値段に設定。購入時よりも相当に上乗せした額です。(たぶん今の僕じゃ買えない)自分でいうのもなんですが、ここは都心にしては環境、眺望は抜群なのです。土地の値段というよりも、この環境と借景に価値を認める人であれば、その値段でも良いと言ってくれるのではないか・・これで売れたのなら良いよね・・と。


天気の良い日に写真を撮り、サイトに掲載をしてもらいました。しばらくすると、興味を持つ人はすぐに幾人か現れました。先週の土曜日には3人が見学に訪れました。


うちの一人は、ここに住むことを真剣に検討している様子。なんでも、家の眼下にある緑道がジョギングコースというカナダ人の方。とにかく、この緑道沿いの家が売りに出されるのをずっと待っていたそうです。そして、値段交渉も何もなくこちらの売値で即決の申し込み。


引き渡しは9月の末ということで、長年住み慣れた家を出ることになりました。次に住むところはまだ決まっていないので、しばらく賃貸。嬉しいというより、何か寂しい気分の方が上です。次に住むところが決まり、そこに慣れて落ち着いてくればそれはそれでいいとは思うのですけど。これも、一つのトランジションですね。

消去法のなかにある光明

単なる憧れに過ぎず、己の適性のなさを思い知った高校3年生の3月。進むべき道は、適性のない選択の中であがくことではなく、自らを客観的に見つめた中で得意なものを中心に専門を定めることにあった。

 


僕は遅々として理解のすすまなかった数学と理科の参考書を全て廃棄した。正確に言えば、統計解析と地学は得意であったし好きだったのだけど…

 


残ったのは国語、社会、英語。特に現代文は成績がよかったから、文学部に専攻を定めようと思いつつ、その考えはすぐに変更を余儀なくされた。国立理系を専攻した際に、日本史、世界史を取っていなかったから。

 


私立上位校においては、地理で受験できる文学部は皆無。法学部も同じ。残るは、経済、商学。詳しく見ると商学経営学)は極めて面白い学問であることが分かった事で、専攻は経営学に定めた。

 


浪人生の春先に定めた軸の通り、果たして僕は志望していた大学の経営学部の末席に加えてもらい、今の職業選択にも繋がることになった。

 


もし周り道を歩まなかったならば、僕は同じ道を選べていたのだろうか。そう思うと、道を塞がれ隘路に活路を求めた事が結果としては良かったのだということになる。

 


以来思っていること。それは、偶然を必然に変えていくことが生きていく上で求められる基本的な姿勢ということ。夏目漱石は『こころ』の中で、「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」といっている。今流にいえば、ジョブクラフティングし続けていくことなのでしょうね。

ワクチン接種

大手不動産デベロッパーの職域接種に入れていただき、第1回目ワクチン接種を受けてきました。

 


遅めの目黒区は7/2から接種券の配布で自宅には今週頭に到着。予約はまだ先でしたので、タイムリーではありました。ワクチンはモデルナ製。

 


注射の副作用は経験したことはなく、怠さなどは全くないのですが、1時間もすると肩に軽い筋肉痛があります。まあ腕は上がるし気にはなりませんが、過去には無かった症状ではあります。

 


会社に行ったら罹患して生死を彷徨ったという人が、今日摂取だったそう。その方は、肩の痛みと倦怠感がハンパない…休みたいくらい…と言っていました。罹患した人においては、2回目接種後のようなものですからね…

 

基礎疾患があり、早めに受けられた細君も同じ今日。インフルエンザで腫れたりする彼女において、今回は何もないらしい。(ファイザー製)

でも慶応大学とか大手の会社は職域接種が先行していて羨ましい限り。こういうときだけは、ベンチャーよりも力のある大手の御利益がありますね。

ターミネーター

著名大学を出て、大手の看板の下で上位ポジションを歴任していようが、その実力に再現性があるかというと看板が外れた瞬間に全く覚束ないのだよね。

 


定型の提案書、オンリーワンのサービスで易々と案件獲得出来ていた人は、条件が変わった瞬間にまるで成果が出ない。そのくせプライドだけは一流だったりする。

 


最後は自己の能力の低さを押し隠すべく、実績を上げている同僚のあらを探して立場を貶めることで、自分の発言力を維持するおおよそ狡っ辛いことしかできない。

 


とはいえ、プライドだけ高い人間における嫉妬も混じったダークな思惑は、権限という武器を手にすることで目の上のたんこぶの社会的存在を無きものにしうる凶悪な力に変質してしまう。

 


狡猾なパワーハラスメントの罠にかけられた個人としてはたまったものではない。そこに対して迎合するか、無抵抗を貫く同僚との闘いは多勢に無勢だ。まあ、そういう腐った組織には三下り半をつけることでよいのだ。

 

 

 

そういう人物が組織を去るという話を聞いた。その人物が入ってきてから、自由闊達な雰囲気は一変しルールとコンプライアンスの偏重。エンゲージメントは急低下し、業績も上がらず退職者も続出。問題の原因ははハッキリしていたのに、何も対処は行われなかった。

 


そういう組織が、人や組織をより良くすることをサービスに標榜しているのは何とも皮肉だ。

 


でも組織が崩壊することは最初からわかっていたのだ。性格の暗い、おおよそエリート意識に凝り固まりカルチャーフィットに問題があった人物を無理に組織に入れた人物にこそ、全ての問題がある。結局、その人がマネジメントのプレッシャーと責務から逃れたいが故に、ターミネーターを組織に引き入れてしまったのだ。

 


ここから学ぶこと。

 


価値観が合わない、カルチャーにフィットしない人物は、いくら職務経歴がよかろうと組織に入れては絶対にいけないということ。特に責任のあるポジションにおいてはね。