Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

デザインと遊び心

キャリアを軸に組織・人事領域に踏み出した人間としては、キャリアデザイン研修のオーダーを受けるのはある意味で冥利に尽きるわけで、可能な限り講師も含めてお受けすることにしています。

 


一方で組織長としての使命もあるので、自らが講師として臨む機会は限定せざるを得ません。10年くらいしたら講師稼業にシフトするのも悪くはないかなと思いつつ。

 


コロナへの対応も変わり、コンサルティングワークの傍ら、対面のキャリアデザイン研修を多くこなした月でした。

 


研修で受講生に向き合って久しぶりに感じること。

 


趣味が多彩な人は、キャリアも自由に描くことができるということ。趣味がないと嘆く人は、キャリアを描くことがなかなかできないということなのです。

 


これは遊び心があるか、ないかということに尽きます。もっといえばキャリアに限らず、デザインには遊び心が必要。イノベーションをする力とキャリアデザインする力は相関しています。

 


でもこれは、内発的動機に基づくもので、遊び心を持てと言われても難しいのかもしれません。

 

エイジダイバーシティの心地よさ

今の会社は圧倒的に若い人が多いわけです。平均年齢31歳。代表の年だって44歳。パートナーレベルだってせいぜい40代半ば。僕は魂年齢で人に接するので、あまり人を年下扱いすることはありません。

 


20代はさすがに青いな…と思って接しますけど。

 


そんなこんなで自身は普段から年齢を意識するわけでもなく。相手はだいたい年上的な視点で接していると、ほぼ僕という人間はせいぜい40代半ば程度のやつなんだ…という見られ方になるわけです。まあ、こっちもその方が都合が良いのです。そんな偉ぶる立場でもないですから、

 


でも子供がすでに全員社会人で…などと話すと、どうも計算が違う。おかしい。何か勘違いをしているんじゃないかと。そこで問われてようやく勘違いに相手は気がつく。でもそこで恐縮などしても困るし、そういう人もいないのははなはだありがたいのです。

 


実力主義の会社において、年齢なんてさほど重要な情報じゃない。誰もが実力の上での序列で関わり、変な気兼ねを持つことなく話せる環境というのがやっぱり心地がいい。

 


多分、これは外資ファームとかの感覚を持って社会人を過ごした人が多いからでしょう。時々馬鹿丁寧にこちらに接する部下を見ると、すごく違和感を感じてしまう。そういう人はだいたい体育会的な日本企業のバックグラウンド。そんな態度を僕は1ミリも望まないし、加点要素はなんもないからやめた方がいいよ…なんて思ってしまうのです。

飲み会には華を

職場でルーキーの娘は、性格とポジションから上役の社員から飲み会の誘いを受けることが多いのだそうです。職場で支店長などの要職についている人は、だいたい僕と変わらない年齢。年上の男性に対する苦手意識が全くなく、愛想もいいので誘いやすいのだと思います。

 


とはいえ、大宮支店で八丁堀から遠いこともあるので平日は全く飲みに行く気がしないし、気兼ねなく遅くなれる金曜日は、友人との予定も入れている。だから、支店長とはいえど誘われたってなかなか応じることができない。でも、そのことを知らない相手は、そのうちムッとした態度になってくる。でもそれって相手のことを考えてないお門違いの態度だよね…

 


周囲からの受けがいいのが裏目に出て、過度に気を遣わなくてはならない状況を嘆く彼女。

 


話を聞いていると、若い女性をまずは飲み会の席に入れたいので、娘を先ずは指名してくるようなのです。彼女が来られないと飲み会をあえて開催する動機も持てず勝手にムッとしているらしい…

 


キャバ嬢じゃないんだから、若い女の子をオヤジの飲み会に無理に誘おうという動機がまるでいけてないんです。相手だって自分のことを思って誘っているのじゃないことに気がつく。上司の株もがた落ちです。

 


挙げ句に奢りだからといって連れて行かれたお店が、汚いお店で萎えちゃったんだよね…

 


僕の家は妻がこだわることもあって、外食はまあキチンとしたところで食べることが多いから、なおさらコントラストがでる。飲み会には、華となる若い女性社員を連れて行こう…とか。上司の特権を行使して女性と飲みに行こうという世の男性は、基本的に見抜かれてるから気をつけた方がいい。

 


分からなくはないけど。僕においては、対話ができる人でないと年齢関係なしに誘わない。ましてや若いだけが取り得の女性が席に着く店など行く気もしない。

 


仕事帰りの娘と二人。銀座でご飯を食べながらの会話で思ったのでした。

転機という福音

精神の力には、外的偶然をやがて内的必然と観ずる能力が備わっているものだ。この思想は宗教的である、しかし(社会改良家が、人間の幸不幸のありかを外的偶然のなかに探そうとするように、)空想的ではない。

 


小林秀雄先生が述べるこの言葉を大きな転機の時には何度も反芻し、乗り切ってきた。

 


果たして一見して不幸であったり、悲劇とも言えるような出来事が、振り返ってみると実に幸運だと思える出来事であったりする。

 


Rを卒業しなくてはならなかったときも。Pを卒業する引き金となった、後ろから人を刺すような陰湿なハラスメントにおいても。それは古いしがらみを未練もなく完全に捨て去り、新しい世界に移行させるための絶妙なトランジショナル・アクシデントなのだとすると、実に幸運な出来事だったともいえる。

 


もちろん、それが起きたさなかにおいてそれを達観して受け止めることができるほど、僕には胆力はない。でも、理不尽であればあるほどそんなことに屈してたまるものか…という闘志も湧き上がってくる。

 


離れて考えてみれば…だ。そんなに執着するようなポジションだったのかとも思う。成長性、自由度、権限、報酬…

 


引き離される渦中では必要以上の未練を持ってしまう。それが人情。そして、少しでも未練をもっていれば、そこから自律的に離れることはできない。多くのビジネスパーソンが、満足もしていないのに現状の組織に身をやつしているのは、未練を断ち切る決定的な機会に遭遇していないから。

 


これは女性においてもそうなのだが。すぱっと相手から断絶された方が、新しい世界に躊躇なくいけるし、その方が幸せになれる。それを考えれば、幸運だったと言える。乗り越えられる試練は、守護霊の加護の成せるものとも言いますしね。

いつまでやるの?

昨日、コロナワクチン4回目を接種。腕が重い接種後を過ごしているわけですが。律儀に接種をするのもいつまで続けるべきか、ハワイ帰りの家族の話を聞くと考えてしまうわけです。

 


妻は基礎疾患があることもあり、こうした疾病に関する事柄にはとかく神経質ではあるのですが、ハワイにいたときには、マスクは全く使わなかったとのこと。

 


そもそも、店でもどこでもマスクなどをしている人を見るのはレアであり、飲食店でも衛生面でことさらケアしているのを少し見かけた程度。帰国時の検疫から日本はやけに厳重でその落差に驚いたとのこと。

 


もともと日本は衛生観念が強く、マスクをキチンとする国民性ではあるのですが、相当に強い強迫観念に縛られたままと言えるのかもしれません。

 


結局、季節性もなく罹患するインフルエンザの軽度版のようなもので、罹ったら自宅で大人しくしているしか対応法はない。かといって大騒ぎするものでもない。ましてや感染者を保健所に届け出て管理する類のものでもない。

 


中国も過激ともいえるゼロコロナ政策を絶賛継続中なので、日本だけとも言えませんが、円安、株安、インフレとリセッションの兆候がはっきり見えている中で、いつまでこのヒステリックな対応をするのだろうと思うのです。

トロイの木馬による日本弱体化

日本がアジアで唯一植民地化を免れ、列強の仲間入りを急速にできた理由は、国民の教育レベルと工業化に向けた標準化が進んでいたことがベトナム人教授によって指摘されている点は非常に興味深い。

 


そうなると欧米が日本に対して行う政策は、教育への介入、標準化への介入の2つに絞られてくる。

 


実際にGHQ教育勅語の撤廃、書籍の禁書、日本国憲法への改正を基軸としたWar Guilt Information Programと呼ばれる文民統制活動を実行してきたわけです。日本が経済大国になって以降は、規制改革の名の下に行われた民営化や金融領域における規制が行われたのも大国の思惑と考えるべき。

 


いまだに憲法九条を保持せよと訴えている日本共産党朝日新聞日教組は、ソ連や中国の出先として国力の弱体化のために国民に洗脳をし続けている戦後レジームの形骸とみるのが妥当なのでしょう。

 


じゃあ自民党や維新はどうなのかというと、規制改革やアベノミクスによって外資金融の草刈り場に日本市場をさせてしまい、『標準化』という武器をグローバルスタンダードという大義名分で明け渡してしまった。歴史を学べば、何を残して何を変えるべきかが分かるはずなのに。

 


そもそも、近代史を日本ではしっかり教えていないのが最大の問題ですね。

モノより思い出

久しぶりの海外渡航。僕は日本でお留守番で、妻と娘でハワイに出かけています。何か欲しいものある?と聞かれたわけですが、圧倒的に物価の高いアメリカ、ハワイにおいて、今やわざわざ買ってきて欲しいものというのは、無かったりするわけです。


物欲は満たされているので、強いて日本で飲めないよう珍しいコーヒーくらい。本当はアメリカ製のシェービングクリームとかも買ってきて欲しかったのですが。(Edgeというやつですね)一方で、ハワイに住んでいる妻の姉からはリクエストを沢山預かり、トランクいっぱいにして持っていきました。薬とかスナック菓子やら日本食の類いです。


20年前とかでしたら、ハワイの方が日本で買うよりも安いものが結構沢山ありました。ブランドもの然り、日用品、アパレル、食品は言うに及ばず・・


1日1便しか出ていないANAハワイ直行便は、空席がまだまだ目立つようで。現地においても日本人はほとんどいないそうです。それでもってハワイはメインランドや韓国からの旅行者が目立つのだとか。そして誰もマスクなどしておらず、コロナの陰なんて全然無いわよとのこと。アフターコロナにおいて、日本の経済的な凋落は著しいものがあり、国内で外国人の姿を多く見たとしても、海外に行ける日本人はどんどん少なくなっていくのでしょう・・


そう、欲しいものを思い出しました。旅行に行ける長期休暇。今のポジションだと、長期旅行なんてなかなか難儀。偉くなんてならなくていいので、休みがそこそこ取れる立ち位置に子供が小さいときにいられたのは、ある意味で良かったんだなって思います。やっぱり、モノより思い出ですもの。