Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

近江米の美味しさ

普段の朝食は、ケロッグとバナナというシンプルな朝食をほぼ毎日続けている人間なのですが。旅行先での楽しみはホテルの朝ごはんだったりします。

 


もちろん、ホテルの格によって朝食の美味しさというものは変わってくるものですが。その中でも『ご飯』の味というのは格に拠らず違いがあったりします。

 


最近、おいしいなと思ったのは彦根のホテルで食べた近江米。釜炊きということもあるのでしょうが、膨よかで甘みがあり、米だけでとても美味しいのです。

 


近江米は、東京や神奈川ですとまず見かけることはありません。北海道や東北、北関東・千葉、新潟のお米が主流。西のお米を見ることってあまりない気がします。

 


ご飯がおいしいのは良いとして。トラベルが続くと、体が重くなるので美食もほどほどですね。

半世紀前の喧騒

もし震災に遭っていなければ…

 


神戸本社の企業担当者から何度か聞いた言葉です。受けた被害は甚大で復興はされたものの、国際港を擁する町の勢いはこれで完全に失われました。ダイエーやワールドの凋落もバブルの崩壊と震災が影響しています。

 


輝かしい神戸の一つの象徴は、81年のポートピア万国博覧会。この時に開業されたポートピアホテルに宿泊しました。大空間の吹き抜けのロビーや部屋の調度品に80年代のゆとりと贅沢さを感じます。街に当時を感じさせるものはほぼ残っていない中で貴重な場所。

 


経済力がさほど高くない僕の家庭では、一泊二日の会社の保養所が夏の定番。神戸に行ったことは夏休みの中でも思い出に残るものでした。当時はこんな素晴らしいホテルに宿泊できなかったものの、六甲温泉の宿は今でも記憶に残っています。

 


あれから45年。当時斬新だった自動改札のモノレールは古さを感じます。懐かしさを感じるのですが、全体にくすんでいてアップデートがなされていない。横浜のみなとみらいとは対照的だったりしますね。新しいものばかりが良いとは思わないけどね…

 

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土地の力

『六本木や麻布台というのは、歴史的に見てあまり良い場所ではなく、気の悪さを感じるのだよね・・』


先日、年配の方と一席をともにする中でそんな話が出てきました。京都出身のその方は土地の気のようなものをいつ頃からか強く感じるようになったそうです。


京都は、京都御所を中心に下るにつれ格が下がります。封建社会の身分制度が住む場所にも色濃く反映されており、便利で土地がいくら安くてもよく知る人は近づかない場所というものが今でも厳然と存在しています。


そういう場所は、東京にも幾つも存在しています。一見、綺麗に区画整理され道路も街も綺麗になっているのだが、土地に封じまれた気のようなものは変えることは出来ません。とはいえ、そんなものは目に見えないし、分かりようがない。


三菱や三井といった財閥系の大手においては、歴史的に気の悪い土地の大規模開発を手がけるということがない。だが、森ビルなどの新興デベロッパーはあまり良くないところの再開発を手がけるしかない。六本木や麻布台というのは、そういう場所の典型なのだ・・とそんなことを言っていました。


気の悪さ・・までは僕は感じませんが、新川に住んでいたときに感じたのは、日本橋という場所は気が良い場所だということです。小網神社のようなパワースポットもありますし。考えてみると、歴史的な由緒ある神社が存在している場所というのは、気が良かったりもしますね。

保障のない世界で生きる

会社というのは保険の性質を持っている。体調が悪ければ、有給を取ることができるし、目の前の仕事を失敗したり、無くなっても代わりの仕事があてがわれることで、収入が途絶えるということがない。

 


一方で個人の裁量や自由度が下がるし、結果としてやりたい仕事や目的意義に叶う仕事だけが出来るというものではない。それも含め、それは保険料を支払っているのだと考えればわかりやすい。

 


会社員という立場から、フリーランスになったときに一番強く意識したのがそのことだった。様々な保障がないという厳しい現実の中で、いかに心身を健康に保ち、能力を磨き、成果を出し続けていくのか。それができなければ、家族に大きな十字架を背負わせてしまう。

 


成果を意識せず残業代をあてにして働き、会社の金で飲み食いをする毎日するような人たちとは、生きている世界が全く違う。自分が生きている世界こそが、キャリア自律の世界そのものだし、会社の保障のなかで理論的にキャリア自律を唱えて言行不一致なんておかしい…そう思っていた。

 


自分を小さな会社として捉える。健康、能力、仕事、キャリアを自己責任でメンテナンスし、投資を行う。この当たり前の概念を保障に囲まれた人が行うことは意外と難しい。それは、保障のない世界の恐ろしさというものを肌で理解できないから。特に健康維持の大事さを理解している人がどのくらいいるのだろうか…

 


酒を飲むことを習慣とし、体を動かさない日常を繰り返していけば、若さは失われ肉体は荒廃をしていく。放棄したものを取り戻していくことはできない。最後に裏切った肉体に手ひどい復讐をされる。

 


僕の父もそうだった。会社の人事で労働安全衛生に関わっていたのに、喫煙と飲酒の習慣も止められなかったし、健康診断も引退後は受けていなかった。でも、そのせいで命を早く落とすことになった。

 


ある人の死に直面したときに、仕事の成功も然る事ながら、フリーランスとしてはタフで強い肉体を維持していくことが、何よりも大事なのだということを思わざるを得なかった。肉体を維持できれば、知的労働の果実は歳を増してこそ獲得できるもの。もちろん仮にそれを意識したとしても避けられないこともあるけれど。

パピーの力

ゴールデンリトリーバーの子犬が我が家にやって来て3ヶ月。やんちゃで好奇心旺盛なパピーに乳幼児を育てるがごとくの大わらわ。元気な時ばかりではなく、具合が悪くなると病院に連れて行ったり、とても気を揉みます。

 


散歩に連れて行くようになって感じたことは、様々な人との交流が生まれること。

 


リトリバーの子犬は、大きさもあるわりに、毛がほにゃほにゃの目がぱっちりでまず目立ちます。散歩をしていると、犬連れの人だけではなく、老人から小学生まで様々な方から声をかけられるのです。

 


基本的にリトリバーは人が大好きなので、吠えたりすることもない。みんなに撫でてもらってご満悦。僕の住んでいるところは、ミシュラン・グリーンガイドで最高の三ツ星を獲得した報国寺があるため、欧州を中心としたインバウンド旅行者が多く訪れます。ですので、外国の方からもよく声をかけられるのです。

 


先日は、アメリカ人のティーンエージャーの女性旅行者から声をかけられました。

 


名前は?まだ小さいのね…どの位?

彼女は物怖じしないのね!

可愛いわね…ありがとう!

 


という会話です。1時間散歩をすると多いときは10人くらいと会話があるのです。僕が独りで歩いていても小学生や老人、女性たちが話しかけてくるなんて、ないものねえ…パピーの力は偉大だわ!


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限界集落の理由

自然に囲まれた場所と利便性は両立しがたいが、都心から約1時間の鎌倉には自然豊かな場所が多く残されている。

 


農業が盛んな地域は、自然が豊かというとそうでもない。農薬散布で生態系が変わっているからだ。そのため昆虫や鳥の種類はさほどでなかったりする。クワガタやギンヤンマ、蛍などまず見られない。

 


ウグイスやガビチョウ、コジュケイといった何種類もの鳥たちの合唱が朝から聞こえてくる。先日から蛍も飛び始めた。

 


木立に囲まれた谷戸は、都心と比べて4度は夏でも気温が低い。鎌倉時代に記された徒然草には、『家は夏を旨として建てるべし』と記されているが、この考えは900年経った今こそ重要な要件だったりする。

 


魅力溢れるこの場所だが、悩みは高齢化。谷戸の住人の大半が80歳前後だったりする。野良仕事と坂道を歩くことが習慣の谷戸の長老たちは、体力、気力、知力ともに年齢を感じさせないのだが…

 


彼らから見ると、僕は子供の世代になる。だが、僕と同じ世代はここに住みたがらないのだという。東京に出るのに時間がかかる…からだそうだ。

 


鎌倉から新橋までは50分。鎌倉駅まで約2キロ。バスを使えば20分、自転車なら約10分の距離になる。横須賀線は空いているので、朝はまず座れる。目黒生活で自転車オンリーだった生活が約20年だったので、通勤のストレスはちょっと心配だったがさほどでない。実家の我孫子にいたときは常磐線はまず座れず、通勤は結構大変だった。

 


ネックは駅までの足。バスの本数は多いが、最終は22:50分。自転車を使わないと車で送り迎えが必要になる。女性においては不便かもしれない。僕においては雨の日であったとしても、自転車を使うことはむしろ喜びだったりするので何ら差し支えない。自転車を足として使えるか否かは、トカイナカ暮らしでは大きな要素。

 


都市部、および近郊圏で育った人間は、子供の頃から田舎に対する憧れがある。幼少期から田舎暮らしの人は、都会への憧れがあったりもする。実際に谷戸に住む人は、かつて都心で暮らしていた人が多かったりする。これは根底の価値観の違いかもしれない。

 


鎌倉の利便性でそのような状況だから、首都圏以外の高齢化は進行に歯止めがかからないのも仕方がないのかもしれない。

街の風景

79%になったiPhoneバッテリー交換のため、アップルストア渋谷に。

 


ちょうど4年保有している今の13mini。その間に新品交換を二回している。だから今の筐体の使用年数としては約2年と少し。だがもともとバッテリー容量の少ないminiなのにバッテリーがへたってくると、さすがに電池持ちが悪くて不便極まりない。

 


買い換えもちらつくのだが、このコンパクトさが好きなのでずっと見送り。しかも端末料金が高すぎる。PCだって10万超えしたら相当なハイエンドマシン。メモリやSSDを増設すれば4年は優に現役で使える。スマートフォンだからといって、2年のサイクルなんてずいぶんとおかしな話。

 


実際に13だったとしても日常ユースには何ら問題がない。カメラの性能も欲を言えばきりがないが必要十分だったりする。

 


交換時間は約2時間。寒すぎる店内で待つのは堪えるので一度オフィスに戻った。並木橋のオフィスは公園通りのアップルストアまで約15分。かつて渋谷の同じ場所で働いていたときには、並木橋からスクランブルを渡り、ブックファーストやハンズにいったものだ。だが、20年たった今では様相は様変わり。

 


渋谷駅は大改造中で、地下道と跨線橋の迷宮。反対に抜けるのに面倒な迂回をしないといけない。大型書店も消えてしまった。加えて溢れかえるインバウンドの人波。自然と足が遠のく。行くなら代官山、中目黒。

 


センター街、宮下パーク、公園通り、パルコ…

 


様変わりした街並みやお店。本来好奇心の旺盛な自分であれば様々なお店を探索したいはずなのに、どうしてその気持ちが湧き上がらないのだろう…

 


欲しいものが特にないから…でもない気がする。僕の知っているかつての街の風景とのギャップの大きさを未だに受け止められないからなのかもしれない。