Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

エスプレッソマシン

僕は日々酒をたしなむということはしない人間なのですが、コーヒーは割と良く飲んでいます。ですから、オフィスで気軽に美味しいコーヒーが飲める環境というのはずっと憧れ。とはいえ、今までの会社はコンサルティングということもあり、いわゆる福利厚生的なものに力を入れようはずは無く、そういう環境にあやかることは無かったわけです。(すてきなカフェテリアや社食というのもそれに該当する)


5月から働き始めたところは、ちょっと変わっていてオフィスにバーカウンター、冷蔵庫にお酒やソフトドリンクがあってフリーで飲めたり、さらにはエスプレッソメーカーがあるので、気軽に美味しいコーヒーが飲めるわけです。念願叶って・・と言うわけですが、リモートが多くなると家に欲しくなるのです。そう、エスプレッソメーカーが・・


コーヒーを全く飲まない細君との攻防。

 

「大きいマシンをどこに置くのよ」

『イタリア行ったときには、どんな小さなホテルでもエスプレッソマシンがあったじゃない。そういうモノなんだよ・・炊飯器と同じなんだよ』

 

まあ、飲むのが習慣であり文化なのだ・・と言いたいのです。最後は子供たちの支持を追い風にしてようやくデロンギエスプレッソメーカーを購入したわけです。


カプセルカートリッジ式のコンパクトマシンも多いのですが、粉ひきコーヒーからでも入れられるタイプをチョイス。有楽町ビックカメラで実物を見て細君からは了解を取り付けたので、ヤフオクで新古品をいざゲット。家に届くと段ボールが馬鹿でかいので、こんなの許した覚えはない・・などと散々な言われよう。(最近物忘れが激しいんだよね・・)


ひとまず、怒りの嵐が過ぎ去るのを頭を抱えて待ち。そろっと開封して試運転。味がイマイチの大量に買った粉ひきコーヒーで作ってみましたが、エスプレッソだとまずまずイケます。豆をもっと良いものにしたらもっと抜群の味のはず。さすがデロンギ。子供たちにも大好評。こいつは良い買い物をしたなあ・・格好いいしね。


ちなみに新川周辺は小さくて小洒落たカフェが近所にいっぱいあるのです。家で飲めるのも良いけど、外はそれはそれでまた良かったり。でも、普通の粉コーヒーと牛乳でこんなに美味しいラテが飲めるなんて、もっと速く購入しても良かったなあ・・

久しぶりのデンタルクリニック

歯医者に最後にいったのは、83歳になる義父の友人が赤坂見附で開業していた歯科医の方が廃業した時のことだから、もうかれこれ13,4年も前のことになる。その時も虫歯治療というのでは無く、丁寧に歯石をクリーニングし、表側の歯茎近くの根元に治療跡のコーティングをやり直してくれたくらい。


親切だったその先生が廃業して以来、僕は歯医者から全く足が遠のいてしまった。その時に処置してくれたコーティングは、もうかれこれ5年以上前に取れてしまい。とはいえ、冷たいモノを食べたときに歯が浸みる、ということくらいは大きな不具合がなかったこともあり、長らく歯医者に行かずにいたのでした。


そのうちに鎌倉などという田舎に行ってしまったら歯医者には余計に行かなくなるのでは無いか。(怒られるか・・鎌倉の人に)そもそも、10年以上も歯医者に行っていないなどあまりに不用心なのではないか。さすがにこの便利な中央区という場所に住んでいるうちに良い歯医者を見つけて行っておこう・・と口コミの評判をチェックし、八重洲地下街にある歯医者に赴いたのでした。


最初に看護師さんが歯茎と歯のチェックをしてくれます。歯茎は親知らずを抜いた奥歯は緩いものの基本は大丈夫。虫歯もないそうです。ですので、取れてしまったコーティング剤だけを付けてもらいました。4本処置してモノの15分ほどを2回だけ。


『歯の状態はとても良く保たれています。後は定期的にクリーニングをしに来てくだされば良いです』


ですって。先生に褒められると嬉しいね。(あんまないから・・・)


歯磨きは食後にきちんとしています。1日4回。でも、デンタルフロスなどを使ってマメにやっている人間ではありません。ただし、虫歯は出来にくい体質みたいです。歯の質ということもあるのかもしれませんが、唾液にあるのではないかと思っています。ちなみに、僕は唾液の量は多いと思います。少ない人は虫歯になりやすい。。かな。いくらきちんと磨いていてもね。


ひとまず、丈夫な歯に生んでくれた親に感謝しないと・・ね。

あしたのジョーの舞台を走る

隅田川を北上し、白鬚橋から千住大橋までの西側に広がるエリア。ここはあしたのジョーの舞台になった台東区山谷。日雇い労働者が集まるドヤ街だったところ。

 


あしたのジョー隅田川のシーンは多く登場する。一番印象深いのは、のりちゃんとのデートの場面。ここに出てくるガスタンクは形こそ変えども、今も川沿いに立っている。

 


川沿いの環境は大きく変わり、綺麗な遊歩道が整備され、夜でも快適にランニングができる。場末な猥雑さと殺風景さが漂っていた当時の雰囲気は全く一掃されている。原作者のちばてつやさんも梶原一騎さんも想像だにしなかった変貌ぶりだろう。

 


個人的にはジョーのロードワークエリアを時代を越えて自分の足で走っているというのは、なんとも感慨深いというか、極めてテンション上がるよね。まあ、底辺とはおよそほど遠いキレイな眺めだから、ストイックな気分にはならないけどね。

 

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悪魔の放つ正義の矢

かつて吉岡は正当性のベールを纏った巧妙かつ周到なハラスメントと呼ぶべきものに遭遇した。

 


仕掛けの震源地は、吉岡より後に入社したディレクター永倉とシニアマネージャー占部。どちらも三顧の礼を持って入ったものの、実績は吉岡に遥かに及ばない。吉岡は組織を牽引する業績をあげていた。

 


そのままであれば、シニアマネージャーの吉岡がプロモーションし永倉と同格のポジションに来ることは誰の目から見ても明白だった。

 


永倉からみればそんな状態は面白いものではない。最高学府を卒業し外資コンサルのディレクターまで務めた。さらには次期リーダー候補として採用された人間において、リーダーポジションに吉岡が来るのは到底許容できるものではなかった。吉岡と同じシニアマネージャーである占部においても焦燥感は同じ。二人にとって吉岡は目障りな存在ということで一致していた。

 


そんな時に、永倉は吉岡を追い落とす格好のネタを掴んだ。それは、吉岡が抱えるプロジェクトに生じた問題とコンプライアンス違反の疑いだった。この証拠を揺るがぬものとして固めていけば、吉岡は昇格候補としては不適格となり永倉が望むように事は運んでいくに違いない…

 


永倉はディレクターの立場を活かして関係者へのヒアリングを行っていった。さらにはコンプライアンス違反の可能性について状況証拠を集め、敢えて外部リークを匿名で行うことで吉岡が糾弾される状況を作り上げた。永倉が提示した吉岡の弾劾採決に占部も手を貸し、意思なき他のマネージャーも黙認、追従した。

 

 

 

万事は永倉の思い通りとなった。問題を問われた吉岡は組織を異動となり、最高業績は一転して最低の評価に塗り変わった。もちろん昇格も取り消された。

 

 

 

永倉にとって一つ計算外だったのは、懲戒処分によって吉岡を組織から放逐することだった。だが、さすがにそれはできなかった。ただし、正義の名の下に目障りな吉岡の存在を消し去れたことは永倉にとって全く満足のいくものだった。

 

 

 

吉岡は同僚からの不意討ちともいえるこの動きに、対抗する術を持たなかった。いくら声を上げようが、多勢に無勢。社長の谷岡に直訴をするものの、社内ポリティックスを重視する社長のスタンスからして多数派の意見を採用して判断は揺るがず、彼の意見は全く聞き入れられなかった。

 

 

 

この会社のポリシーとは、働く人を笑顔にするものではなかったのか…

 

 

 

失意の吉岡は今すぐにでもこの組織を離れようと思った。普段は転職に否定的な妻の美沙もこの時だけは転職を後押しした。これだけ貢献してきた人間を粗末に扱うような組織に与する必要は一切ない。今すぐにこんな会社は辞めるべきだ…と。

 

 

 

だが、吉岡としては問題社員のレッテルを貼られたままま、組織を離れることには抵抗があった。誰もができない実績を残して辞める。永倉や占部のような実力のない人間との差をハッキリ見せ、いかに人を見る目のない組織であるかを証明する。それが吉岡の矜持といえるものだった。果たして吉岡は、異動先で大型の案件を立て続けにものにした。そして異動先から惜しまれて組織を辞した。

 

 

 

吉岡が組織を去ってしばらくした後のこと。吉岡は占部も永倉も会社を辞めたとの話を聞いた。結局、人望も実力もない人間は自分よりできる人間がいようがいまいが、結果を出せるわけではない。リーダーになる器では到底無かったのだ。

 

 

 

吉岡は思うのだ。本当に強い人間というものは姑息なことは行わない。恐ろしいのは心に弱さを持ち人への攻撃に力を変えた人間。そして巧妙に人を貶める人間も然る事ながら、権力を持つ人間に擦り寄っていきなり人に弓を引く日和見主義の無思想な人間がいかに恐ろしいかということを。

 

 

 

ただし偶然は必然。吉岡の実力を評価し破格の厚遇で迎えてくれる組織が現れた。そこに吉岡も躊躇なく行く意思が持てたのは、この事件があったから。やっても報われない、人をレッテルで判断し糾弾する組織から未練なく去れたことは、吉岡にとって幸いだったのかもしれない。

通販コメント頼りの代償

毎日飲むコーヒーは、コストコで買うライオンコーヒーかスターバックスが不動のレギュラーであり、そこには何ら迷いが無かったわけですが。引っ越しのバタバタもありコストコに行く暇も持てそうに無く、Yahoo通販で評価の高かったコーヒーをポチッとやってしまった訳です。


500件近くレビューもあり、5点満点で4.35とスコアも高く。コメントも優れものばかり。そのくせして、2kgで約2000円とお値打ちなこともあり、こりゃあ楽しみだなあ・・と。新居に早速届いたヤマト便の箱を空け、綺麗に包装されたコーヒーパックを空けて早速飲んでみたわけです。


ん?ん?


香りもコクも苦み酸味もなーんもない。ボディがまったくないのです。


娘に飲んでみる?と飲んで貰ったところ、「これって泥水みたいだね・・」と。強いていえば、最近のペットボトルのアイスコーヒーでさらっと飲める系の味ですが・・

 

「評価が高いとは言え、こういうのは1の評価のコメントを丹念に見なきゃ駄目だよ。ほら、割合は少ないとは言え低評価のコメントに対して、参考になったというサインがかなり集まっているじゃない。こういうのって怪しいんだよね。。」た、確かに・・


こういうコーヒー飲んじゃうと、今までのコーヒーがいかに美味しかったってことがよく分かるよね。にしても、これは飲めないわあ・・と。捨てるに捨てられず、山ほど粉を入れて飲んでいるのですが、ローストが駄目なのか、豆自体の質も悪いのか。どちらもなのか。味はテンで駄目です。


せっかくの新生活なのに、この1ヶ月はコーヒーを飲む楽しみが全くないわ・・残念すぎる。で、僕の結論。コーヒーは成城石井、カルディ、コストコなどで高品質なモノを買うこと。変に通販などで大量に買うものではない。買うにしても最初は少量にすること・・なのでした。

皇室の負う十字架

戦後14あった宮家はGHQによって大きく削減され、11が皇室を離脱し平民になった。邸宅も接収されその多くがホテルとなった。

 

 

少なくなった宮家において、最大の問題は皇位継承者である若い男性の確保。そのため皇室の範囲とする宮家の数を増やすこと、女系天皇を容認することがこれまで審議されてきたが、今回の騒動はそのどちらの議論にも水を差すことになった。

 

 

出自も人としての振る舞いもおおよそ高貴とは呼びがたい人間が宮家として遇されることの可能性。今回の騒動は、それを多くの人間に認識させた。

 

 

美智子皇后今上天皇の教育に非常に力を注いだ。一方で帝王学を授けられなかった秋篠宮様においては、自己のアイデンティティを皇室以外のところに求めるところがかつてからあった。そのスタンスは子供にも反映されている。要は皇室の背負う十字架を担おうとしていないのだ。

 

 

三島由紀夫『豊穣の海』の舞台となった戦前の日本。宮様の結婚相手は基本は華族から選ばれるもの。そしてそれは本人の意思が働かないところで決められるものであり、それによって起こる悲劇が描かれている。

 


人間宣言をしたとはいえ、私心を捨てて国民のために日々尽くしてきた天皇の姿があまりにも強いだけに、『結婚は本人の意思を尊重するものだ』という普通の意見も、私心を第一にしてこなかった皇族の発言においては極めて奇異に聞こえます。

 


今多くの人が心の底に感じていることは、国民の精神的支柱となってきた美しきものが穢されたことへの違和感。そこまで勝手に要求するものではないのかもしれないけど皇室は、ヨーロッパの人たちにおけるバチカンのような存在であり、天皇ローマ法王と同じ重さと品格を持っているから。

 


これは僕個人の意見ですが、十字架を背負うことを避けた秋篠宮から天皇を輩出するくらいなら、女系天皇を認め愛子様天皇になって欲しい。容姿をチヤホヤされアイドル気取りの誰かとは違い、苦労を重ね人として深みがあるお方だと思うから。伝統を重んじ敢えて学習院を選んだことも含め心構えもあります。少なくとも彼女においては、よき伴侶を得て女性宮家を背負ってほしいものです。

盛暑を越えて

高所から陽射しが照りつける夏が終わり。ようやくルーフに出られる季節になってきました。終の棲家となる鎌倉もそれぞれいいところですが、利便性と購入費を勘案した上でこのような眺望を得る場所を得ることは、なかなか難しいと思います。

 


自分が言うのも何ですが、ここを即断で購入したカナダ人は、お目が高い。僕も1日で即決でしたから。

 


18年前のこの場所は、林試の森と公園沿いの緑道は臨む土地でありながらも、下目黒の外れにあるこの場所は小さな町工場の古い建物と昭和30年代に建てられたシャビーで崩壊寸前の都営住宅の建物が存在しており、今ほど景観は良くはありませんでした。

 


その後、町工場は全て無くなり。都営住宅も全て取り壊され、周辺はきれいな住宅が立ち並ぶ場所へと変貌していきました。価値も相当に上がったと思います。

 


この場所を選んだのは、三田から移り住む前に子供たちが通っていた伊皿子の幼稚園に電車かバスでも行けるところ…という条件だったのですが、ある意味で先見性があったのかもしれません。ただし、都心に家を構える宿命で狭かったですけどね。

 


次の場所が見定まる前に売却が決まり、ここを引き渡さなければならなくなったときは、ちょっとセンチメンタルにもなりましたが、仮住まいも終の場所も見定まり気持ちも落ち着いてきました。家の中は引っ越しを控えて大忙しです。

 

 

 

終の棲家の場所もようやく定まりました。鎌倉駅や海からは離れますが、旧宮邸も傍にあり雰囲気はここに負けず素晴らしいところ。自転車で鎌倉、逗子の湘南一帯を走り回るのが楽しそうです。

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