Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

転機という福音

精神の力には、外的偶然をやがて内的必然と観ずる能力が備わっているものだ。この思想は宗教的である、しかし(社会改良家が、人間の幸不幸のありかを外的偶然のなかに探そうとするように、)空想的ではない。

 


小林秀雄先生が述べるこの言葉を大きな転機の時には何度も反芻し、乗り切ってきた。

 


果たして一見して不幸であったり、悲劇とも言えるような出来事が、振り返ってみると実に幸運だと思える出来事であったりする。

 


Rを卒業しなくてはならなかったときも。Pを卒業する引き金となった、後ろから人を刺すような陰湿なハラスメントにおいても。それは古いしがらみを未練もなく完全に捨て去り、新しい世界に移行させるための絶妙なトランジショナル・アクシデントなのだとすると、実に幸運な出来事だったともいえる。

 


もちろん、それが起きたさなかにおいてそれを達観して受け止めることができるほど、僕には胆力はない。でも、理不尽であればあるほどそんなことに屈してたまるものか…という闘志も湧き上がってくる。

 


離れて考えてみれば…だ。そんなに執着するようなポジションだったのかとも思う。成長性、自由度、権限、報酬…

 


引き離される渦中では必要以上の未練を持ってしまう。それが人情。そして、少しでも未練をもっていれば、そこから自律的に離れることはできない。多くのビジネスパーソンが、満足もしていないのに現状の組織に身をやつしているのは、未練を断ち切る決定的な機会に遭遇していないから。

 


これは女性においてもそうなのだが。すぱっと相手から断絶された方が、新しい世界に躊躇なくいけるし、その方が幸せになれる。それを考えれば、幸運だったと言える。乗り越えられる試練は、守護霊の加護の成せるものとも言いますしね。