Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

悪魔の放つ正義の矢

かつて吉岡は正当性のベールを纏った巧妙かつ周到なハラスメントと呼ぶべきものに遭遇した。

 


仕掛けの震源地は、吉岡より後に入社したディレクター永倉とシニアマネージャー占部。どちらも三顧の礼を持って入ったものの、実績は吉岡に遥かに及ばない。吉岡は組織を牽引する業績をあげていた。

 


そのままであれば、シニアマネージャーの吉岡がプロモーションし永倉と同格のポジションに来ることは誰の目から見ても明白だった。

 


永倉からみればそんな状態は面白いものではない。最高学府を卒業し外資コンサルのディレクターまで務めた。さらには次期リーダー候補として採用された人間において、リーダーポジションに吉岡が来るのは到底許容できるものではなかった。吉岡と同じシニアマネージャーである占部においても焦燥感は同じ。二人にとって吉岡は目障りな存在ということで一致していた。

 


そんな時に、永倉は吉岡を追い落とす格好のネタを掴んだ。それは、吉岡が抱えるプロジェクトに生じた問題とコンプライアンス違反の疑いだった。この証拠を揺るがぬものとして固めていけば、吉岡は昇格候補としては不適格となり永倉が望むように事は運んでいくに違いない…

 


永倉はディレクターの立場を活かして関係者へのヒアリングを行っていった。さらにはコンプライアンス違反の可能性について状況証拠を集め、敢えて外部リークを匿名で行うことで吉岡が糾弾される状況を作り上げた。永倉が提示した吉岡の弾劾採決に占部も手を貸し、意思なき他のマネージャーも黙認、追従した。

 

 

 

万事は永倉の思い通りとなった。問題を問われた吉岡は組織を異動となり、最高業績は一転して最低の評価に塗り変わった。もちろん昇格も取り消された。

 

 

 

永倉にとって一つ計算外だったのは、懲戒処分によって吉岡を組織から放逐することだった。だが、さすがにそれはできなかった。ただし、正義の名の下に目障りな吉岡の存在を消し去れたことは永倉にとって全く満足のいくものだった。

 

 

 

吉岡は同僚からの不意討ちともいえるこの動きに、対抗する術を持たなかった。いくら声を上げようが、多勢に無勢。社長の谷岡に直訴をするものの、社内ポリティックスを重視する社長のスタンスからして多数派の意見を採用して判断は揺るがず、彼の意見は全く聞き入れられなかった。

 

 

 

この会社のポリシーとは、働く人を笑顔にするものではなかったのか…

 

 

 

失意の吉岡は今すぐにでもこの組織を離れようと思った。普段は転職に否定的な妻の美沙もこの時だけは転職を後押しした。これだけ貢献してきた人間を粗末に扱うような組織に与する必要は一切ない。今すぐにこんな会社は辞めるべきだ…と。

 

 

 

だが、吉岡としては問題社員のレッテルを貼られたままま、組織を離れることには抵抗があった。誰もができない実績を残して辞める。永倉や占部のような実力のない人間との差をハッキリ見せ、いかに人を見る目のない組織であるかを証明する。それが吉岡の矜持といえるものだった。果たして吉岡は、異動先で大型の案件を立て続けにものにした。そして異動先から惜しまれて組織を辞した。

 

 

 

吉岡が組織を去ってしばらくした後のこと。吉岡は占部も永倉も会社を辞めたとの話を聞いた。結局、人望も実力もない人間は自分よりできる人間がいようがいまいが、結果を出せるわけではない。リーダーになる器では到底無かったのだ。

 

 

 

吉岡は思うのだ。本当に強い人間というものは姑息なことは行わない。恐ろしいのは心に弱さを持ち人への攻撃に力を変えた人間。そして巧妙に人を貶める人間も然る事ながら、権力を持つ人間に擦り寄っていきなり人に弓を引く日和見主義の無思想な人間がいかに恐ろしいかということを。

 

 

 

ただし偶然は必然。吉岡の実力を評価し破格の厚遇で迎えてくれる組織が現れた。そこに吉岡も躊躇なく行く意思が持てたのは、この事件があったから。やっても報われない、人をレッテルで判断し糾弾する組織から未練なく去れたことは、吉岡にとって幸いだったのかもしれない。