入学試験も終了した2月下旬。大学のキャンパスには人もまばら。部活でもなくこの時期のキャンパスに来ていたのは、3年次の学年末試験の追試験を受けるためだった。
1月に実施された試験。病床にあった僕はすべて受けることができなかった。せめて行ったのは、病床から自分の病状の深刻さとそれ故に試験を受けられない窮状を綴った賀状を教授陣に書くことだけだった。
3年次の単位を取れるかとれないかは、4年次の生活を大きく変えてしまう。就職活動を控えたこの時期、留年の陰におびえながら大学生活を送ることだけは避けたかった。財政的に親にこれ以上負担もかけたくない。
賀状に心を動かされた教授の数人からは、返信や電話がかかってきた。どれも心配することはないから、追試験を受けなさい…という優しいものだった。その電話の一人は、川嶋教授だった。秋篠宮紀子妃の父君だ。
計量経済学…僕は得意なジャンルではなかった。よい学生ともいえなかった。僕は、得手不得手がハッキリしているのだ…
果たして追試を受けると、全ての課目は単位を修得することが叶ってしまった。難病にかかった学生を不憫に思った教授の情状酌量といったところだったのだろう。
単位が大方取れてしまった4年次。興味のあるゼミ形式の授業をいくつもとった。その一つは川嶋先生の授業だった。計量経済は苦手だったが、ゼミ形式の授業は毎回とても楽しかった。
ある回の授業に、先生は自分の大好物だ…とのことで南国の珍味フルーツ『ドリアン』を持ってきた。それがあまりにも印象的だったので、卒業旅行でいったバンコクでこれを食したものの、酷い食あたりをした。ビールとの相性が悪かったのか、切り身が不衛生だったのか、なんでも移動日が重なるタイミングで大変だった。
幾星霜が経ち、恩師の退官記念行事に川嶋教授の姿を見つけた。いつか会ったら話そうと思っていたこと。追試の件では世話になったこと、ドリアンではひどい思いをしたこと…
『はは、そうかあ。僕は君にとっては一勝一敗だね…』
先生と撮った写真は大事な記念の一枚だ。