Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

研修生徒のクラスメート

『同級生だよね。覚えてる?』

東東京に本社を置くG社の50代キャリア研修。クラスが終えると話しかけてくる一人の社員がいた。

『小学校同じだったよな。やりづらいかと思って声をかけなかったんだけど…』

記憶を辿ってみる。特徴のある名字。僕の中にある小学生の時のイメージとは大分変わってしまったけど、小4の時のクラスメートだったN君だった。

N君は、勉強もスポーツも万能だった。しかも、ちょっとハーフっぽくて格好も良かったから、女子にも先生にも人気があった。

僕の住んでいた学区域は、当時は人口が急増しており小6で2つの学校に分校し、卒業は違う学校となった。そして、地元の中学に行ったN君、僕は茨城の私立にいったから小4以来、N君と会う機会はなかった。

分校以来、唯一会った機会がある。それは、小学校6年の時に開催された我孫子市の小学陸上競技大会だった。互いに学校代表の持久走選手としての対決だった。

スポーツ万能だったNくんと違い、小4の僕は勉強もできなかったし、スポーツはからきし駄目だった。先生からは、問題児として目をつけられひどい扱い。

当時の小学校には、運動能力バッチテストというのがあった。それは、複数の運動能力テストにおいて基準レベルを大きく超えた生徒にのみ与えられる『バッチ』であり、ビニールカバーの名札に穴を開け、そのバッチを勲章のごとくつけるのが一つのステータスだった。運動会の学級対抗リレーの選手でもあったN君はもちろんバッチホルダーだった。

僕においては、遠く手に届かない代物だった。

それから、二年たった小6の対決は何か感慨深いものを感じたのを覚えている。10校ほどの学校で代表二名ずつの争い。僕は上位ではなかったけど、N君より上位でゴールしたから。


小6の僕は、おおよそ縁遠いと思っていたバッチも手にしたし、学級対抗リレーにも選抜された。昔のドジでのろまのカメから脱却したのだ。その時、N君は僕のメルクマールの存在だったのだ。


『おれさ、昔はいやなやつだったから意地悪とか変なことしてない?』

「いや、ないよ…」

確かに大人受けもクラスメート受けもよかった彼は、そのせいかちょっと鼻持ちならないところもあった。けど、僕は特段何をされたという訳でもない。

『お前もいろいろあったんだなあ、今日はいろいろ教えてくれてありがとう。これからもよろしく…』


50代ともなると、同級生が研修対象になるのは分かっていたけど、まさか…ね。