噂は人づてに聞いていた。結婚生活に突如ピリオドが打たれたこと。それが、最愛のパートナーの自殺という形によって。相手は、職場の同僚だったという。
記憶を遡る。ああ、あの時の人と結婚できたんだ。本命の人とゴールインできて幸せ一杯だったはずなのに…
あの時、彼女は本命の相手と上手くいっていないようだった。そんな満たされない気持ちを抱えていたとき、僕は彼女と出会った。数多の卒業生が集うパーティ。中でも一際目を惹く大人の色香を放つ存在。彼女の周りには自然と取り巻きができていた。
何がきっかけだったのかは覚えていないけど、彼女と会話を交わした。あからさまな態度を彼女に向ける男たちと同列に括られるのもシャク。これ見よがしに興味がありますという態度は示さなかった。でも、相手がこちらに向けてくる視線や目の覚めるような雰囲気が残像として心から離れなかった。
連絡を取ってみたいと思ったのだがその術はない。名前は聞いていたけど、会社の名刺を交換しただけ。自宅の電話番号は分からない。当時は、携帯電話や電子メールといった便利な連絡手段は無かった。
とはいえ今と違って個人情報保護という概念が無い時代の鷹揚さ。事務局に彼女の連絡先を尋ねると普通に教えてくれた。そうして連絡を取ってみると、向こうも同じことをしようとしていたのだという。
こうして付き合い始めることになったものの、相手の過剰なまでにはしゃいだ態度やボディタッチの多さが何か釈然としなかった。もちろん、綺麗なひとなのだから、全く悪い気はしない。むしろクラクラするくらい。そうして、毎回理性が試されるような逢瀬の中にも、僕は自分の人となりや価値観を話したし、彼女の家庭や生い立ちについても知ろうとした。
そういう付き合いをしばらく重ねたある日、何時ものように電話をすると、彼女は僕に謝罪をしてきた。
『本当は、別に好きな人がいて。でも、上手くいっていなくて。とにかく遊んで欲しかったの。でも、そういう人じゃないって分かったから、もうお付き合いはできない…』
彼女は、僕を遊んでくれる人だと思ったらしい。五月なのに日に焼けて、タイ旅行で訪れた寺院で結んでもらったミサンガを手首に巻いていたせいもあるのだろう。
年下の遊べる男の子としては、僕は全く向いていない。器用じゃないし。その電話を受けた日から、しばらく僕は尾崎豊の歌を聞き続けていた。
それから、20年の月日が経って僕は彼女に会う機会があった。
『変わって、ないね…』
そういう彼女に僕はなんて声をかけていいか分からなかった。哀しみと絶望の日々を過ごしてきた彼女はすっかりと変わってしまっていたから。
フェードアウトせずに、ピリオドを打ってくれた彼女は、操を立てた相手の姓をずっと変えずにいた。やっぱり、僕の見立ては間違えじゃなく、彼女の本質は誠実だった。それが確認できたのは嬉しかったけど、美しかった彼女の面影を今に重ね僕は胸が痛かった。