Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

無地のユニフォームが教えてくれたこと

リクルートでの7年間は、プロ契約社員でした。言い方こそ格好いいですが、業務委託の立場。名刺などは持たせてもらえますが、通常の社員に与えられている待遇は一切ありません。あまり、気にも留めませんでしたが、自分は背番号もチームのロゴマークも何も一切記載されていない無地のユニフォームを着ている人間なのだと思うことがしばしばありました。


無地のユニフォームというと、去来するのが新巨人の星の1シーン。


巨人のエースに上り詰めながらも、魔球による左腕の致命的な故障で退団を余儀なくされた飛雄馬。低迷する長嶋巨人への復帰を目指し、テスト生として宮崎キャンプに参加します。テスト生故に、宿泊も交通費もすべて自己負担。球場に向かうバスにも乗れない。昼食も別待遇。かつてのエースが、無地のユニフォームを纏い、球場の片隅で握り飯を一人食べている。


彼の存在に気づいた記者がこういいます。


『あれは、川上V9巨人のエースで完全試合まで成し遂げたエースの星だ。可哀想に志願生でキャンプに参加か・・実力の世界は非常だね・・・』


彼は、キャンプでの冷徹な待遇を跳ね除け結果を出し、晴れて長嶋さんの永久欠番の3を纏って公式戦デビューをします。ドラマチックな劇画ならではの展開。しかしながら、胸のすく勇気を与えてくれる1シーンだったりするのです。


でも、無地のユニフォームを纏っていたことは、悪いことばかりじゃありませんでした。それは、裸の自分で真剣勝負を臨めたこと。契約は1年刻みでしたし、毎年がカド番の心境。自分の力を最大限に発揮することが、窮地を脱する手段でした。それが、自分を鍛えてくれたようにも思います。そして、いつしか会社というブランドを身に纏うことに執着心を持たないようになりました。


今の会社だって、組織人事コンサルティング会社としてはまだまだ小さなレベル。グローバルビック5のコンサルティング会社でもなんでもない。でも、そんなことどうだっていいのです。


先日、とあるエグゼクティブサーチの方にお会いしました。なんでも、グローバル展開をしている会社が役員ポジション候補として人材開発を率いいてくれる人を探していて、直に指名してきた。報酬も悪くありません・・いかがですかと。


子どもたちはお金がとてもかかるタイミング。無下に断ることもないかと思っていたのですが、話を聞いていて何一つ心ときめかない自分がいることに気が付きました。10年前の自分だったら、グローバル、ブランド、ポジション、ハイサラリーといったことに惹かれていたところがあったと思います。でも、無地のユニフォームは裸の自分で勝負し、そこに価値を見出してくれる存在がいるということを教えてくれました。

 

本当の価値というものは、ブランドという蜃気楼の先にあるのではなく、切り拓く自分自身の中にあるのだということを。

 

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