Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

セルフリペア

画面上半分のタッチスクリーンが機能しなくなったiPhone7。Amazonで交換用の液晶スクリーンとバッテリーを取り寄せ、自分で修理することにしました。

前回修理では、安価なパーツで修理したため色味、タッチ感、画像の精細さを欠くところがあった反省を踏まえ、評価の高い価格も高めのパーツをセレクト(4,700円)。バッテリーもこれを機会に容量の大きいものをセレクト(2,800円)。

じっくり手順のWebと動画を見ながら分解。時間はかかるもここまでは順調。

組み上げ途中で小さなネジが飛んでいくハプニングがあるも、息子が見つけてくれてセーフ。修理時間は1.5時間。バッテリー交換の方が手間がかかりました。

防水対応も施し再起動。無事に動作することを確認。画面は純正とほぼ同じクオリティで大満足。これなら前回も自分で直せばよかった…

自分で直すとモノに愛着が湧きますね。

神戸を愛する人

神戸で早朝のクライアント訪問。前日入りでオリエンタルホテルに宿をとった。ハーバービューのロケーション、23時に入ったけどポートタワー周辺のイルミネーションが鮮やか。神戸は山手もいいけど、やっぱり海が見える開けたところがいい。港町だからね。

 


翌朝、海が素晴らしく眺められるレストランで朝食をとった後、2キロ弱の道程だったのでタクシーに乗った。外地から来た人とみてベテラン運転手が話しかけてくる。

 


『この辺はねえ、夜も23:30まで奇麗にライトアップされていてるんですわ。モールは100店舗くらい入って賑やかなんよ』

 


「ええ、昨日は遅く入りましたが、すごく綺麗でした」

 


『そやろ。このシンボルタワーは震災でも倒れんかったんよ』

 


「歴史あるんですね…」

 


『この辺の石造りの建物ね。外国人設計者のもんは震災でどれも大丈夫だった。日本のものはあかんかった。不思議なもんやね』

 


『神戸は、歩きたばこもゴミのポイ捨ても厳禁。だから綺麗でしょ。大阪いくとこうはいかん。めちゃくちゃや』

 


『ここの人は、みんな神戸という街を大事に思てる。ミッションスクールでしっかりと教育を受けた生徒さんたちの影響もあるやないかなあ…』

 


『東京の人だったら、小池百合子さんいじめんといてや。あん人、芦屋のお嬢様やから。頼むわ』

 


10分ほどの間の会話だったけど、僕は神戸を愛する運転士さんからの話で、神戸という街がさらに好きになった。奇しくも今日は阪神淡路大震災の発生日。

 


僕は、相手を好きにならないと頑張ることができない。この街とともに歴史を重ねたクライアントなら僕は頑張ることができそうだ。

 

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インタフェースダウン

愛機iPhone7のタッチスクリーンの上半分が昨晩急に動かなくなった。原因は不明…可能性としては液晶交換した部材の不良、もしくは浸水…

 


5ヶ月前の画面割れの時に修理してもらった街のショップ(Apple非公認)からは、防水機能については保証の限りではないと言われていたのに風呂でも使っていたりしたので、仕方ないと思いつつも不便この上にない。

 


まず上部に位置するアイコンについては、アクセスのしようがない。LINE、電話、Music、Suicaなどのミッションクリティカルなアプリは下半分だったので何とかセーフ。ホームボタンダブルクリックの簡易アクセスと横スクロールを組み合わせつつ、何とかことをなしている訳なのです。

 


会社から支給されているiPhone6sがこういうときには結構役に立ったりします。とはいえ、代替できないものも多いです。

 


買い換えも止むなし。とはいえ、5Gも登場という噂を前に買い換えもかなり悔しい。11はデカいし重いので嫌いだし。

 


なのでダメもとでスクリーンと電池交換を自分でやってみようと思っているわけです。これで復活できればしめたものなんですが…

 


ちなみにスタイラスペンを不要としたタッチスクリーンを可能としているのは、日本のとある歴史あるメーカーの技術のお陰。大事なクライアント企業の一社だったりします。


しかし、インタフェースが死ぬというのは実に不便ですよ。

変わっていく女

女性は、娘が女となり、結婚をして妻となる。そして子供が生まれ母になる。次第に変わっていく存在なんですよ。それに引き換え、男は全然変わる機会がない。仕事のことなんて、所詮自分一人で苦しめばいいだけ。子供が学校に行きたくない、虐められた…こういう悩みに比べたらね。

子供の問題というのは、自分のモノなのに自分では動かせない内臓みたいなもんですよ… 私も大変でした(上村恵美子)


そうなんですよね。

男性において唯一変われるチャンスというのは、結婚を行い家庭を持ち、変わっていく女性に向き合うことぐらいではないかと思うのです。

かつて、男は「所帯をもって一人前」と考えられていた時代がありました。僕が社会人になる前の世界です。でも、それは外形的なことよりも、全く異なる価値観、考え、悩みを持つ人間を受け入れ、対処できるようになってこそ男として一人前なのだ…という内面的な観点で語られているのではないかと思うようになってきました。

一人自分の事だけを気にしていればいいなんて、実に簡単だし色々な意味で薄っぺらいのです。ちょっとしたことに直ぐに傷ついたり、覚悟が足りなかったり。何より、人の気持ちを想像する観察眼や想像力が足りなかったりする。

最悪なのは、家庭を持ったのに独身男みたいな好き勝手な生活を送っている人です。飲みに歩いたり、週末はろくすっぽ家にいなかったり。こういう人は、所帯を持っても人を理解する力がまるで身についていない。それでもって、軽々しく浮気なんてするんです。

最近、マネジメントというのは愛がないと務まらないと思うようになってきました。好き嫌いでやっちゃだめ。感じたことを直ぐに口にしちゃだめ。自己犠牲が当たり前。時にカミさんや子供と同じスタンスで向き合うことが必要なんだろうな…

乙武洋匡さんの話

高学歴ニートへの授業という企画で教壇に立った乙武さん。

『日本は失敗しても再チャレンジできない環境にある』

というある生徒の意見にこう返していました。


・本質的な問題は「新卒一括採用」を止めること
・この仕組みでは、メインストリームに乗れる機会が大学卒業時のワンチャンスしかない
・ここを逃すと駄目だとわかったら皆しがみつくしかない
・そこで掴んだチャンスが向いていない人だって多いはず
・やってみて向いていないと思ったら、学びなおしと新たな就労ができる世の中にすべき
・先進国で新卒一括採用をしているのは日本位なもの
・このシステムを変えられるのは政治でしかない

・だが自分は政治に行く機会は喪われてしまった
・政治は万人から信頼を寄せられることが必要であり、自分はその立場にはない

・スキャンダルの後、8ヶ月は外に出られなかったが、その後海外36カ国歴訪の旅に出た
・住みたい都市ランク1位メルボルンでは6週間滞在
・敢えて石礫を投げられる日本に帰らず、ここに留まることも頭をよぎった。その位居心地がよかった
・でも三週間あたりで、異なる感情が生まれてきた『暇だ』と
・ゲームの設定でいえば、生まれてきたときから『スーパーハードモード』
・イージーモードで生きることが自分の目的では無いのだ…と気づいた
・そこで自分は敢えて批判を受ける日本に戻ろうと。自分しかできないことがあるから


いい話でした。日本は一度失敗した人を徹底的に叩き潰してしまう。その結果、惜しい人を無くしてしまったと感じました。家族全員、同じ意見でした。

また、ニートの問題や女性のM字カーブの問題も、新卒一括採用が元凶という思いを新たにした次第。

70歳までの就労を義務にするのであれば、新卒一括採用と解雇規制は無くしていかないと、この国は挑戦しない、できない人たちで活力が失われてしまうよね。

女の一生

なんだかんだいって、この国は女性には不利だ。一度正社員という特権を捨て家庭に入り、10年も経ってみれば再び正社員で受け入れてくれる企業は皆無に近い。

これといったスキルはないかもしれない。資格だって…じゃあ、正社員として働いている人達は、何が強みなのだろう。彼らだって、今の会社を辞めたら雇ってもらえる強みだなんて然してありはしないのに。

一生懸命勉強をし、受験をくぐり抜け大学まででて学んだことは何だったんだろう。会社に入って10年働いたキャリアは一体何だったのだろう。

自分の経験や力は、時給のパートでしか生かせない程度のものだったなんて悲しすぎる。

子供が生まれたら、いつも接してやるべきだ。子供が小さいときは母親が必要だ…それでいて育児を頼みづらい自分の母親のそばに住みたがったりする。一体この時代に男は何を古臭いことを言っているんだろう。

掃除をする、食事支度をする、洗濯をする、思うに任せない育児。これを女性の仕事と思っている男は日本ぐらいのもの。手伝うという概念もおかしい。目の前にあれば、何も言わず、褒められることなども期待せずにやるものだ。昔、農業だったときは夫婦がともに働き、家事は分業だった。

そう、準備から片付けまでの一貫したプロセスとしての食事支度すらまともに出来ない人に、母親論なんて吐いてほしくない。仕事だけやっていられるなんて、なんて楽なんでしょう。

子供は子供の人生があり、いつか親から離れていく。女性は与えられたギフトを活かし、自分らしく生きていけるのだろうか…

男女共同参画とかを実現したいのなら、家庭の『仕事』に対する男のパラダイムを根本から変えないとだめなんだと思う。少なくともそういう考えを持たない男と一緒になったら、自分の才能は世に生かせないままに一生を終えていくことを覚悟しなくちゃいけないのだろうな。

そして、もう一つの問題の源泉。それは、多くの企業が採用する定期的な異動配置。女性が仕事を引き剥がされるのは、いつもこのタイミングだったりする。ついて行くのかいかないのか。男においてもこの異動転勤というのは、専門性を深められない要因だったりする。専門性も磨けない、女性の参画機会も奪う異動配置はやめた方がいいと思う。

走る目的

本当に若い時期を別にすれば、人生にはどうしても優先順位というものが必要になってくる。時間とエネルギーをどのように振り分けていくかという順番作りだ。ある年齢までに、そのようなシステムを自分の中にきっちりこしらえておかないと、人生は焦点を欠いた、めりはりのないものになってしまう。

そのようにして走るという行為が、三度の食事や、睡眠や、家事や、仕事と同じように生活サイクルの中に組み込まれていった。走るのはごく当たり前の習慣になり、気恥ずかしさのようなものも薄れていった。スポーツ専門店に行って、目的にあったしっかりしたシューズと、走りやすいウェアを買ってきた。

村上春樹『走ることについて語るときに僕の語ること』


先日、僕らの会社にやって来たニューフェース。家の中でプロポーションを維持するために自重のトレーニングはするものの、あんまり運動はしないそうです。したとして、ボルダリングなどのゲーム性があるものが好み。もちろん、ランニングなんてしないそうです。彼が僕に聞いてきました。

『走るって何が楽しいんですか…』

楽しいからするという部類じゃないんですよね。朝起きたら歯を磨く。一月に一回は髪を切る。完全な習慣です。そこに細かい思想はないのです。

後付けで理屈を言えば、ランニングは肉体的、精神的パフォーマンスのしきい値を下げないようにするため。それにより、仕事における思考の持続力も上がるし、プライベートも活動的に様々なことに取り組める。

徹夜して飲んだり、仕事をしたり、好きなものを思う存分食べたり…そんなことをしていると、若さは浪費されてあっという間に無くなる。若さを失った後に残るのは焦点を喪いメリハリのなくなった人生。

思い切り全力で走ることもできない。体の本来の輪郭もなくなる。体を気にして好きなものも食べられない。仕事で根を詰め高度なアウトプットを出す思考のキレもなくなる。

そう。楽しいからやるというのではない。人生という長いレースをコントラストのある刺激的なものにするために習慣として走るのだろうなあ。