米国のシンクタンクや大学は、都会の喧噪から隔絶された自然豊かで、のどかな場所に構えているところも多い。日本の研究者やトップエリートが米国を訪問し、シンクタンクなるものは、都心から離れた自然豊かな場所で、思索にふけることこそあるべき姿なのだ・・と思ったことは想像に難くない。
また政府系の横須賀通研(NTT横須賀研究開発センター)や武蔵野通研(NTT武蔵野研究開発センター)は、軍事基地の側という実務的な理由も大きいのだが、なかなかに自然に囲まれたのどかな場所にあったりする。
日本で初めて設立された民間のシンクタンク「野村総合研究所」。ここも当初は、鎌倉の梶原という、かなり隔絶された山の中に本社を構えた。
最寄駅は、北鎌倉だが歩ける距離ではなく、鎌倉駅か大船駅から20分ほどバスを使うしかない。そのバス停からもかなり離れている。おそらく、実際に使用していたときは、社用バスを運行していたのだと思う。
ここが使われていたのは1987年までであり、その後は保土ケ谷に移転している。この保土ケ谷もキリンビールの工場跡地を野村不動産が再開発したのだが、相鉄線の星川駅という何とも中途半端で、不便な場所だった。現在は、大手町とみなとみらいなので、どちらも極めて便利な場所になった訳だが、敢えて中央と距離を置いてきたということが何とも面白い。
僕は80年代に放送されていた「冒険野郎マクガイバー」という、化学や物理の知識を活かして人質救出や難しいオペレーションを任される主人公のドラマを好んでみたのだが、その主人公が勤めていたのが、政府系のシンクタンクという設定もあり、予てからシンクタンクで働いてみると言うことは、憧れでもあったわけです。
実際にシンクタンクで働きましたし、コンサルティング会社もシンクタンクのカテゴリーには入ります。そして、NRIとのお付き合いも長く持っていたりします。新卒の時には、日本総研や野村総研、三和総研(銀行系ですね)を受けようとしたのですが、Bクラス大学においては、受けることすら叶わず、唯一選考を最後まで通してくれたのは長銀総合研究所くらいでした。
お堅い金融系のシンクタンクに入らず、米国会計事務所系のコンサルティング会社に入ったのは、僕のキャラクターからすれば合っていたわけですが、もし80年代にNRIに入っていたら鎌倉の山中に通勤していたのだと思うと、ちょっと信じがたいものを感じます。今いる鎌倉は、環境が良いところですがここまで辺鄙な場所ではありませんからね。
車通勤であれば、田舎の方が絶対に良いと思うのですけどね。