Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

尾山台の街並み

大学時代、時たま試験監督官のアルバイトをしていた。せっかく教育にお金を注いでもらったのだから、学んだことを人に教えて還元するのだ・・と家庭教師をもっぱらしていたのだが、時々試験監督のバイトに申し込んでいた。

大学の学友に誘われ自分は一切世話になっていない河合塾の試験監督だったのだが、何よりすることがなく楽でお金がいいのだ。交通費も出してくれる。実家のそばにある中央学院大学で行うことが多かったのだが、様々な会場に興味がてら赴いた。


印象深かったのは武蔵工業大学。この大学は世田谷の尾山台にある。我孫子から尾山台は非常に遠いのだが、目的をもって未知の場所に行くことは心躍るもの。


尾山台の駅から石畳の小綺麗な商店街を過ぎ、立派な庭を擁した朝の高級住宅街を歩くのは実に爽快な気分だった。当時夜中にテレビを見ていると、JAXという輸入会社を扱う尾山台の会社のCMをよく目にしたのだが、尾山台というのは高級車に乗るようなお金持ちが集まる場所なのだな・・と。


当時はバブルの只中。都心で一軒家を購入することはほぼ不可能だと言われていた時代。自分は将来社会に出てこういう立派な家を持つなんてことは到底難しいのだろうな・・とそんなことが頭によぎった。いったい何をすればこういうところに住むことができるのかしら・・


うちに、バブルは崩壊し僕は社会人になった。結婚し、三田に中古マンションを購入したのが1998年。そのマンションがほぼ同値で売れ目黒に一軒家を買ったのが2003年。振り返ると、当時は不動産が底値だった。失われた30年などとネガティブなことばかりが言われるけれども、便利な都心の家に住めるような時代になったのだから、バブル崩壊は個人の視点では間違いなく良かったのだ。


目黒の家から自転車やランニングで尾山台や田園調布の住宅街をよく走った。自分の家は比べるまでもなく小さなものだったけれども、都心に住むなんて難しいと思っていたから、家からこうしたエリアにすぐに行くことができるのはなかなか感慨深いものがあった。時代は流れ、武蔵工業大学は名前を東京都市大学に変更。尾山台の商店街はさすがに古さを感じるようになったものの、素敵な住宅街の情景は当時のまま。


今、都心のマンションの価格が再び上昇している。お金が不動産に流れ込んでいるのが原因だが、それが景気の良さを示していて良いことだとはまるで思わない。そして、尾山台や田園調布といった低層の高級住宅街の方がベイエリアのタワーマンションよりも贅沢だと思う。街を歩いていて気分が良いですからね。