Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

竹馬の友

気の置けない中高の野球仲間との忘年会。同級生3名と後輩の4名。大学に入学し、社会人になってからもずっと交流が続いている。不思議なことに、中高は筑波だったのだが今や全員が神奈川県に住んでいたりする。そして、この4人は中高の行き帰りの通学時間をずっと共にしてきた仲間でもある。


中高は1時間以上をかけて、我孫子からつくばまで通学していた。おおよそ学生しか乗っていない朝の常磐線に乗り約40分。そこから学校まで自転車で約30分。気の置けない部活仲間との行きかえりの通学だったから、面倒だとか大変だったという記憶がない。お腹を空かした帰りの道すがらには、駄菓子やカップ麺を食べたり。駅までの道は、冬は本当に真っ暗で、自転車のライトだけを頼りに進む道のり。誘惑をさせる商業施設もコンビニもファーストフードも何もない。でも却ってそういう素朴な環境だったからこそ、仲間との繋がりは強くなったのかもしれない。


大学受験は仲間の全員が失敗し、浪人生活を余儀なくされた。柏の代々木ゼミナールを選択する人間が多かったが、僕はわざわざ誰も知り合いのいない両国の予備校を選択し交流は1年断絶した。果たして1年後にそれぞれ大学が決まり、今度は東京で会うようになった。部活で野球を続けたのは僕だけで、K君は少林寺拳法。O君はアメフト。それぞれに異なるスポーツを選択していた。後輩のI君はスポーツセレクションの無い僕の学校に来て野球部に入ることを希望していたのだけれども、立教大に入ることになった。(野球がへたくそなのに、後輩からは慕われていて2人ほど僕の学校を目指してくれた後輩がいた)


社会人もそれぞれに異なる業界。金融、エネルギー、サービス、コンサルティング。どんなに立場が変わろうとも基本は自転車で通学をしていたあの頃の関係と同じ。子供の就職、家庭のいざこざ、働き方、旅の出来事・・話す内容は年齢とともに少し変わってきたけれども、自転車を漕ぎながらとりとめもない話をしていたあの頃とさして変わらない気もする。


4年前から後輩のI君が老眼鏡をかけるようになり、体形の変わらない童顔のK君も肌の衰えが目立つようになってきた。アメフトで体形がマッチョになったO君は恰幅がかなりよくなり。同級生の中では互いに変わらないほうだよね・・と言いながらも40年という年月は確実に変化をもたらしているわけで。ただ、どのような立場になろうとも、本質が互いに変わっていないから、気兼ねなく話ができるのですよね。