Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

良品廉価というブランド

ROLEXやプラダといった高級ブランド品。原価は2割程度といわれています。こうしたブランド品は、得てして精巧なコピー品が作られるわけですが、コピー品が作られるようなブランドは、ある意味で存在自体が「偽物(虚構)」だと言ってもいい。なぜならば、人の心理を巧妙について実態価値のないものに高額な値段をつけているからです。(それを体験価値という言い方で表現することも出来ますが)


これは、ある意味で自社が繁栄さえすればそれを購入した顧客が経済的に損をしてもいいというエゴイスティックな考え方です。ある意味で、アングロサクソン的な思想といってもいい。


日本におけるモノ作りの考えは、『良品廉価』であり、顧客に不当に高い価格を付けて転嫁しようとする考え方は伝統的にありません。SEIKO、G-SHOCKは海外でも非常に高く支持されていますが、コピー品が出回っていません。価格設定が良心的でコピーを作っても儲からないからです。


こうした考えは、特定の会社だけではなくユニクロ、良品計画、トヨタなど工業製品のほとんどの企業に一貫している考え方のように思います。レストランチェーンなどにおいても同じ。この考えというのは、もはや文化とも呼べるものであり他の国が追従することは到底困難。良品廉価という考えは、他人のことを思いやるという考え方が根底にあるからです。


日本はブランド作りが下手で、欧米の様に高級品をマーケットに出せないと非難される向きもありますが、良品廉価という思想で全てが統一されている日本という国自体がもはやブランドなのではないか。日本に一度来た人は、どう考えても到底模倣も追従もできない世界観を知ることになっているのだろう・・と思うのです。


ただし、この思想は狡猾に人をだまして金品をかすめ取る、家を空けていても泥棒に入られないという外敵にさらされていない日本の外部環境に依るところも大きく。隙さえあれば、商標権やネーミング、果ては設計方法などをコピーして自分のものにしようとする中国人のような性悪説で対応せざるを得ない人たちの存在を前提にしたときには、ディフェンスをしっかりおこなう必要があるのでしょうね。


そうでないと、市松模様をパクったくせにダミエ柄のコピーは許せないと日本の老舗メーカーを訴えるルイヴィトンのような、図々しい守銭奴に利をかすめ取られてしまいますからね。