Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

面倒だけれど手応えのあること

歯を磨く、猫にえさをやる、新聞を読む・・面倒だけれど、それなりに手応えのあるもの。生活のなかにしっくり食い込んだ手の込んだ日常的行為。


時計のネジを巻くというのもかつてはそういう行為の一つだったけど、電池式の時計が登場したことで、日常生活にしっかり食い込んでいた時計は、いつしか疎な関係へと変わってしまう。その時計が突如電池切れで動かなくなるというのは、冷たく重い意味をもっている。それは少なからずショックなことであり、その死は余計に運命の避けがたい到来を思わせる、村上春樹さんは著書「ささやかな時計の死」で述べています。


生きるということは、基本的に手の込んだ面倒な行為の連続。その面倒な行為に対してどれだけ意味と価値を見いだし抜かりなく行うか。それを日々積み重ねていくことが生きる哲学なのだと言っているように思います。


効率的、合理的に物事を考え、無駄を省いていくだけではなく、意味を持って続けていくことも『しっかり生きる』上では大事。


寒い日のランニング、疲れた日の腕立て、雨の日の自転車。どれもときどきかなり面倒くさいけど手の込んだ行為だったりします。


万年筆でノートにメモを取る、電子本ではなく文庫本で小説を読む、電池式の時計ではなく機械式の時計を使うなんてのもそういうことなのでしょう。そして確実な手応えは、繋がりと愛着を沸き起こしますよね。


最近自動に切り替えたのが髭剃り。湿式の安全カミソリを長らく使ってきましたが、ブラウンシェーバーに切り替えました。ただ、シェービングフォームを使って湿式で剃っていることは変わらず。肌の衰えをふまえると、防水型の電動シェーバーを使う方が良いと判断したから。よって時間が短縮されたかというとそういうことは無く、却って時間がかかるようになりました。


しっかり生きるための面倒だが手応えのある儀式。最近、新しく加えた儀式はストレッチです。やっぱり柔軟性を維持するって大事だなって。