Hさんは今の会社に変わる前からの付き合い。もうかれこれ6年ほどになるだろうか。直接の担当ではなくなりつつも、オフィスに伺ったときに顔を見かけることもあり、久しぶりに一献の場をもったのだった。
日本を代表するN社は、社員に対する人材開発投資額では、統合報告書開示ベースで日本企業の中でダントツの1位。この人的資本情報開示のミッションを遂行したのがHさん。もともと経営コンサルティングを専門としつつ、新規会社の立ち上げなど様々な職務を経験し、人材開発部門に異動してきた。そこで課されたお題が、全社の階層別教育体系を見直せというもの。
従来は問題解決一辺倒のカリキュラムだったものの、対人能力の低い社員や会社へのロイヤリティが下がっていること。そして、環境変化が激しい時代の中で、自律的に専門性を伸ばすキャリア自律意識の醸成を促していけるような内容に刷新していきたいというのが方向性。
いわゆる大手の研修会社は、既存のありものの研修を組み合わせるだけ。スクラッチで見直すにも、自分たちには進め方が分からない・・
Hさんとの出会いはそんなタイミングだった。現状を伺い、改訂の方向性についてラフスケッチを描いた。Hさんはなんとしてでもこの仕事を引き受けて欲しいという。正直、自分自身でも手探りの仕事だったし、練度の高いスタッフもいない。N社は様々な研修ベンダーとの付き合いがあるので、見る目も肥えている。下手な仕事はできない。でも、期待の中で自分を成長させる良い機会だと思ってお引き受けした。
試行錯誤の中、階層別教育に求める目的、要素を因数分解して定義し、各階層別のコンセプトを定義。中でも中核となる研修の刷新を手がけ、手応えのある納品を行うことができた。その後も、複数の研修プログラムの刷新をお手伝いして今に至っている。
久しぶりの場で、Hさんは僕に出会えて研修体系の刷新を任せられたことは、僥倖だった・・と言ってくれた。僕自身もITコンサルタントとしてのキャリア、経営コンサルタントとしてのキャリアもあったので、N社の事業特性については解像度がとても高かった。加えてライフワークとしていたキャリア自律をテーマに階層別教育を作り直すという点も僕に合っていたのだと思う。
『あなたのように様々に会社を変え、ポータブルスキルを磨いている人は羨ましい。この立場ともなると、会社を変えるなんてことは容易にはできないから。』
会社を変わる挨拶をしたときにも言われたのだが、改めてそう言われた。
『今までは同じ会社で専門性を積み上げていくことが望ましいキャリアだと言われていたけど、様々な会社をみて視野を広げ、普遍性の高い能力を磨くことが望ましいのだと・・時代が大きく変わったんだよね・・』
再雇用となったHさんは、非常に多様な経験を積んでおり、知的好奇心も高く勉強熱心。ポータブルスキルも極めて高いと僕は思っている。この人にしてそんなことを言うのか・・
再雇用となったHさんは、役職が全て外れた。収入も大きく減少した。ただ、誰かに言われたアシスタント的な仕事はやりたくない。自分の経験を活かし、誰もできなかったような仕事をする。誰かの指示を受ける仕事は嫌だから。その中で手がけたのが統合報告書における人的資本情報開示のミッションだった。
『そもそも、何をもって人材開発投資とするのか、数値を正確に弾き出すためにどのように情報を集めて試算をするのか。CHROを何度も意見交換をして決めていったんだよね。CHROも幸いに人的資本投資をしっかりしている会社だと対外にアピールすることは有効だと考えていてね。でも、この仕事は様々な経験を積んできたからできた仕事で。10年前の自分だったらできなかった。経験というものが積み上げることでできることって何歳になってもあるんだよね・・』
N社の制度の問題点は、どのような能力をもち、高い付加価値のある仕事をしていても、再雇用社員は一律に低処遇とされてしまう点だ。この制度の中でHさんの価値の高さは報われない・・。ただ、どこから観ても無双の価値のある仕事でHさんの能力が随所に発揮されている仕事だとも言える。
『今度、僕のスタッフも交えて勉強会を開くのでそのプロジェクトのこと、もっと詳しく教えてください』
そう言うと、『自分の仕事の価値をそんな風に評してもらえるととても嬉しいなあ・・』とにっこりと微笑んだ。僕は、本当に価値のあるものが知られていなかったり、その価値が分かってもらえていないことが何より嫌なのですよね。