コロナで失われてしまったことの一つにコーラスがあります。
週末は長い距離を走って体を中から一掃すること、パイプオルガンのもとで合唱し、一新された清々しい気持ちで月曜日を迎えるというのがここ何年ものルーティンでした。
この状況では教会に大勢の人が集う状況は許容されませんし、声を上げて歌うことも控えなくてはいけない。
聖歌のないミサというのは色が抜け落ちてしまった晩秋の木々みたいなもの。(決して悪い意味だけではありません)ヨーロッパのような再ロックダウンになっていないことを感謝しつつも、皆で声を上げて歌えるようになる日々が戻ることを心待ちにするばかり。
一方でコロナになってから増えたのがオンライン会議。4月は手探りで行ったZoom研修も回数を重ねるにつれて、要領と手応えを掴めるようになってきました。Zoomなどを使ったリモート研修では、グループ討議を行うにしても、集合研修より預ける時間は抑えめにし、集合クラスでキッチリと解説と個々のストロークをやっていくことが参加意識を高めていくことにおいても重要。
要は、オンライン研修においては身振りや表情よりも圧倒的に『ナレーション=声』でモノを伝えるウェイトが高くなる。みんな声に耳を澄ませている訳です。
先日の研修で『いい声をなさっていますね…』と声をかけてくれた受講者の方がいました。歌声を褒めてもらえたときと同じように嬉しい。
歌を歌うことはできないけれど、こうして全く別のナレーションという形で声を使いものを伝えていくことができたりするのです。そして何かが陰になったとしても、どこかに日が当たる処はあるのだということを感じるのです。