Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

単純な嫌いは、本当の好きを奪う

カタルシスを得るために書いている文章ですから、振り子をある意味大きく反対に振っていたりすることも多々あるわけです。


僕は自分のいる場所、仲間、そして仕事を愛しています。好きで一緒になった伴侶であったとしても自分にとって相容れない部分など山ほどあるわけです。そう100%好きなんて事はあり得ない。20%の相容れない部分だけを仮に書いたとしても、それは真実ではないということ。


なので、あんまり誤解して欲しくないのですよね。こういう事を書いているから、その対象を好きでないのだとか・・心が離れているのだとか。そう捉えるのは、あまりに一面的過ぎます。


そもそも、「単純で刹那な」好き嫌いで物事を決めていたら、「本当に好き」なことは出来なくなります。「単純で刹那に」好きでないところも含め、どうやったら「本当に好き」になっていけるのか。そこを真剣に考えていくところにこそ知恵があるんだって。そう思っています。