オーストリアの心理学者。ヴィクトール・フランクル。ナチス強制収容所での極限の体験を記した「夜と霧」の著書で知られています。
彼が提示した公式。絶望=苦悩-意味。
いかなる苦悩の中にあっても、そこに意味を見出すことができれば絶望することはない。むしろそれは希望となる。味わい深い公式です。いつも、落ち込んだり、不満を撒き散らしている人は、意味を見出すことができていないから、絶望の縁に落ち込んでいると言えます。
人生においては、望まなくても苦悩は訪れてきます。そこにどうやって意味を見出していくのか。フランクルは、生きる意味を見出す上で「体験価値」「創造価値」「態度価値」の3つを提示しています。
体験価値というのは、自然、芸術、愛を体験すること。
創造価値は、仕事をしたり、芸術作品を作ること。
態度価値とは、運命を受け取る態度。
僕の場合の体験価値。夕景や季節の花々を見ること。庭園や建築をみる、音楽を聞くこと。創造価値は、今の仕事そのもの。そして、声楽をすること。
体験価値、創造価値は普段からかなり意識しています。いつも苦悩に満ちた毎日を過ごしているからじゃありませんが、しんどいときほど美しいものに目を留めるようにしたり、人に喜びを与えることを意識しています。
アンパンマーチにこういう歌詞があります。
なんのためにい生まれて 何をして生きるのか
答えられないなんて そんなのは嫌だ
何が君の幸せ 何をしてよろこぶ
分からないままおわる そんなのは嫌だ
結構、この歌詞って深いんですよね。そして、この歌詞には共感するところ多いです。僕の場合は、一度死にそこねているから、生きている意味なんて基本はあるはずと思っています。