Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

美沙の憂鬱

昭和風情を残す京王線S駅前の商店街。夕餉の支度に賑わう生鮮店を横目に見ながら、美沙は沈んだ気持ちを抱えて歩いていた。ここで買い物をするために新調したエコバックはもうしばらく取り出したこともない。


くすんだブロック塀に囲まれた住宅街の小道。幾つか抜けた所に彼女のマンションはある。結婚2年目に彼と内覧し、25年ローンを組んで購入した。東北から出てきた美沙は、どこか人のぬくもりがこもった商店街やここの町並みが好きだった。部屋の間取りも新調した家具もお気に入り。本来、足取り軽く家路につくところだったが、家が近づくにつれ、美沙の気持ちはいよいよ重くなった。

 


結婚生活の真実・・
私らしくいられるはずの場所は、私が一番私でいられない場所・・

 


『お前のことは、もう何とも思ってない・・・』
『何も言わず笑顔でいてくれれば、それでいい・・』

 


もともと淡白で気の利いた言葉をかけてくれたり、優しい素振りを見せる人ではなかった。でも、不器用な中にほのかな優しさを感じていた。いや、感じようとしていたのかもしれない。


結婚3年目を過ぎた頃からだろうか、美沙はハッキリとした違和感を感じるようになっていた。彼は口をほとんど利かず、夜の生活も含め美沙との関わりを完全に避けるようになっていた。システムエンジニアの彼の帰りは遅い。平日は、顔を合わせて話す機会もない。苛立つ美沙が彼と向き合って話を切り出すと、彼の口から出てきたのは美沙の心を抉る残酷な言葉だった。

 


二人でいる週末。揃って出掛けることは無い。互いに目も合わさず会話もない。本当の孤独というのは、独りでいることではなく、理解も関心も示さない人間と一緒にいるときにこそ深く感じるのだ・・美沙はそれを身を持って知った。


これからずっとこんな生活をするのか・・考えると美沙は絶望的な気持ちになった。


仕事に打ち込んでいるときだけは、家のことを忘れることができる。単身上京した美沙は、弱音を吐ける気の置けない友人は、東京ではできなかった。そんな美沙の気晴らしは、独り立ち寄るカラオケボックス。一人好きな曲を心ゆくまで歌うのだ。


美沙は、かつてバンドのメインボーカルを務めていた。カラオケに行くと決まって歌声を褒められ、リクエストされた。美沙は、夢中で歌っているときは、全てのことを忘れることができた。