Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

結果への近道で失う真実

組織が大きな成果を求められている局面になった。これまでの牧歌的な雰囲気は一気に変わり、成果を残すことに傾斜した会話が圧倒するようになってきている。


様々な組織を経験してきた。どの組織でも右肩上がりの成長目標を描くものだ。そこに根拠があろうがなかろうが。そして、目標に対する個人のコミットメントを下ろしてくる。だが、その姿が実現したとして、個人は何が得られるだろう。なにが嬉しいのだろう?これを明確に表明した組織は皆無だった。目標に到達したら評価し、到達しなかったら評価しない。信賞必罰の恐怖で縛るマネジメントだけだ。


組織が大きくなったら、個々人の力を活かす機会が増えるのだ、仲間が増えることで新たな化学反応が起こるのだ、もっと人々に喜びを与える機会が増えるのだ、個々人の給与も含め生活がよくなるのだ・・・


仮に組織の目標を1.5倍にしたとして、給与が1.5倍になるなんてことはない。そんなことが約束できないのだとしたら、個々人のビジョンを叶えるという観点で目標の意味を説かない限り、人は心からついていこうとはしないだろう。


『私は、結果だけを求めてはいない。結果だけを求めていると人は近道をしたがるものだ。近道をしたとき、真実を見失うかもしれない。やる気も次第に失せていく』

『大切なのは「真実に向かおうとする意志」だと思っている。向かおうとする意志さえあれば、いつかはたどり着くだろう?向かっているわけだからな。違うかい?」(JoJoの奇妙な冒険 第五部)


そう。結果だけを追い求めている人は、真実を見失っていることが多い。ましてや人や組織に携わっている人において、真実を見失っているなどということは本末転倒だ。そして、僕は結果を出して上り詰めていくゲームからはとうの昔に降りてしまった。何億の売り上げを出した、それを率いた、だから偉いんだ・・とか。


今さらそんなゲームに参加するつもりはない。そのゲームに参加したとしても、それは真実を追い求める手段としてのみ。案件が大きかろうが小さかろうが、それは真実の尺度ではないのだから。