Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

正論突破の代償

『なぜ私に事前に情報を共有してくれないのか』

『一緒にやっている上では、影響があるのだから周知してほしい』


実に正論な訳です。でも、この人に従うことにはどこか抵抗があるのです。


なぜなら、意見は色々言うものの相手やその後のことをちっとも考えていないのです。勝手に言った意見を一体誰がとりまとめるのでしょうか。気づいたことをバラバラと言うのなんて簡単です。形にすることにどれだけ労力がいることか。


そうです、相手への配慮や感謝のない辛口ご意見番はお呼びじゃないんです。いくら正論を並べたってNoです。


ですのでハッキリと言いました。あなたの言っていることは、確かに正論だけど感情的に受け容れられない。感情的に受け容れられない相手に対して、人は積極的に情報を共有しようとするでしょうか?むしろ、できるだけ共有しないようにするのじゃないでしょうか。


人材開発をしているのであれば、感情の問題が正論よりも大きいということはお分かりですよね?


僕らの背景をくみ上げようともせず、正論を突きつけて情報を共有し、対案も出さず、手も動かさず意見だけを言う相手をあなただったら、どう思いますか?相手の瞳が震えている。


でも、意図をせずにそうした状態を招いていることも僕は知っている。この人は、本来的に人の痛みを分かる人だからだ。ただし、神経質であるがゆえに思い詰めると視野が狭くなる。そして、自己の論が義となり正論で突破しようとする。結果として周りから避けられて孤高になる。自分は頑張っているのに、周りは分かってくれない。傷は深まり、周囲との距離だけが開いていく。


正論で相手を論破する前に考えないといけない。そこに感情の問題が起き、解決が遠ざかるということを。