Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

痛みを知る人

自分の周りにいて、絡み合っていく人はどこかで自分に似たものを持っている。そして、絡まることが必然であったりするのだろう。


昨年の秋口からたまたま一緒に仕事をすることになった人がいる。経験の豊富さと芯の強さを随所に感じさせてくれる女性だ。僕が進めているキャリア領域のプロジェクトにおいて、ようやく同じ目線で仕事ができる人。


ただ、最初は事ある毎に彼女と衝突した。
「何故そうするのか?」「方針がぶれている」「適切な対応だとは思えない・・」
多忙な合間を縫ってとにかく彼女と会話をした。


僕の未熟さについては、素直に謝罪もした。顧客の期待する要望をみれば、つまらない見栄など張っている余裕はない。でも、彼女の曇った顔は一向に晴れない。彼女と仕事をするのが、とにかく苦痛だった。どれだけ、言葉を尽くしてもなぜ分かり合えないのだろう・・

 

会社に来てまで、カミさんにサンドバックになって怒られている気分・・自分がだらしなく、無力さゆえの応報なのだろうが・・

 

とはいえ、彼女のプロ意識はとてつもなく高かった。定まりきらない顧客の要望、上手く導いて輪郭を示すことがままならないリーダーに仕えながら、着実に研修プログラムを作り上げていく。失ってはいけない人であることは確かだった。

 

その日も、僕は彼女に感情的に思い切り詰められていた。言い分は、どれももっともだ。反論はしなかった。僕は発言の意図を説明すると同時に、配慮が足りなかった点は彼女に謝罪をした。そして、彼女のキャリアをしっかり聴くことにした。この仕事をしているのに、なぜ僕は彼女の過去をしっかり理解しようとしていなかったのだろう。


改めて彼女は、素晴らしい経歴と経験を持っている人だった。研修開発ということであれば、僕のような人間が足下に及ぶまでもない。何時間か聴いたあと、改めて力を貸してほしいとお願いをした。


僕らに与えられていた研修プログラムのミッションの一つは、非常に難しいものだ。やりたいことは分かるが、類似の研修プログラムは存在していない。何度も議論を重ね、試作を繰り返し作っていった。真っ白なキャンバスに、少しづつ線が引かれ、輪郭が形になってくる。そして、期限内にプログラムは完成。トレーナーは、僕が務めた。

 

テストランも何もなく、ぶっつけの本番。後ろでは彼女がオブザーブしてくれている。休憩の合間ごとに彼女とブリーフィングし微修正。受講者の様子を踏まえて、的確な修正案を彼女は提示してくれた。研修は、成功だった。クライアントも初めての試みに、感無量の大きな満足をしてくれた。


いつもは、厳しい表情をしていた彼女。心からの安堵の表情をしている。
『私の作ったプログラムに、命を吹き込んでくれてありがとう。最高のファシリテーションでした・・』そう言ってくれた。

 

東京に帰る列車の中で、彼女とは隣の席に座った。アンケートなどを一通りチェックし、これからのことについて打ち合わせをしたあとで、彼女は少し俯き、躊躇いがちな表情を見せたあと、ぽつりぽつりと話しだした。


『先月に友人がなくなって。随分前から悪いとは聞いていたから覚悟していたのだけど、電話をもらった時には動揺してしまって。あれから、しばらく仕事が手につかなくなってしまって・・あの時はすいませんでした』


僕は、あの時の彼女の変わりようにただ事ではならない状況を感じていた。


『この話は、その友人にしか話したことがないのです』


彼女は、自分の身に起きたつらい過去のことを話してくれた。普通の人には、経験できないようなつらい経験を一人でかい潜って今の彼女がいる。


この人は、強さの裏側に人の痛みが分かる繊細な心を持った人だとは薄々思っていた。彼女の告白を聞いて、その理由が分かった。僕は、彼女のような人と仕事が出来ることに改めて感謝した。