Homare's Diary

組織人事コンサルタントの徒然日記です

散り際の美学

富山で会社が変わりながらも長らく続けているクライアントワーク。いつも泊まっている定宿がある。そこは、クライアントの方も多く利用している。


富山の朝は早い。会社の始業は、8:00。朝の六時に起き、一風呂浴びて6:30からの朝食にありつく。そこに見慣れたSさんの姿があった。Sさんは、今日の僕が務める研修の冒頭人事責任者の挨拶をする事になっている。


『せっかくだからさ、一緒に行こうよ。一人で行くのはどうかって思ってたんだ』


Sさんは、僕の親戚のおじさんに顔立ちや雰囲気が非常に似ているので、いつも親近感を持っているのだけど、これまで多くの会話を交わす機会はなかった。

 

『ここだけの話だけどね、僕は来年4月に早期退職で辞めようと思ってるんだよ。だから、仕事を見つけなくちゃって。石橋さんは、あんなひどい目に遭っても直ぐに就職できるんだからなぁ…』


とつとつとSさんが語りだす。社内の一部の人にしかしていない会話なのだという。


彼は、会社の将来のことをとても憂いていた。その中で、人事に求められる難しい舵取りが確実に来ることも分かっていた。過去にもそんなことがあったのだという。汚れ仕事を一手に引き受けてきた経験。考え出したら、もういいと思ったのだそう。


『僕の家系は、早世なんだよ。だから、もうそろそろ自分の好きなことをやっておかなくてはね…』


「何がきっかけで、Sさんは今の会社に入ったんですか?どんな仕事をしてきたんですか?」


会社に向かう車中の中で、Sさんは話してくれた。大学の時の夢、入社の経緯、最初に配属された部署の過酷な経験。転勤族だった会社人生。離婚の経験…


Sさんは、大阪生まれで大学まで関西だったのに、言葉遣いに全く関西のアクセントがない。


『僕はね、嫌なんだよ。向こうに行って話すのはいいけど、違うところにきてまで敢えて話すという関西人のあの感じがね…』


変な未練は残さないという美意識の片鱗がそこかしこに見える。

 

キャリア研修が始まり、冒頭挨拶を終えてもSさんはオブザーブを続けていた。キャリア研修では、講師の自己開示が場の雰囲気を最初に司る。


就活前に重篤な病になって以来、やってみたいことを基準に仕事を選んできたこと、その中での出逢いや気づきで今のキャリアがあること。キャリアを積み重ねていくと、自身の意思だけでどうにもならない出来事にも遭遇すること。その中で拠り所になるのは、自分の価値観であることなど…


奥でSさんが頷いている。キャリア研修は、基本的に自己の来し方を振り返って、その中から自分という存在を言語化し、そこから未来を展開していく。だが、普通の会社に入って日常を過ごしてきた人は、僕から見たら簡単に思えるこの作業を苦労して行うことになる。なぜなら、職務経歴書を定期的にアップデートすることも、その中から自身の特徴や強みを説明する機会もないからだ。


『僕もね、石橋さんのように職務経歴書はきちんと書いているよ。30歳の時からね。もしかしたら、会社にいたくなかったからかもしれない…』


「Sさんなら気休めじゃなく、就職は出来ると思います。でも、もったいないです。」

『僕はね、できたら広島で務められたらって思ってるんだ…』

「実家でもないのに、どうして広島なんですか?なにか転勤などで縁があるのですか?」

『この年になってね、来年再婚するんだよ。かみさんになる人が広島でね。』


すべての疑問がそれで解けた気がした。